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2014年10月23日 (木)

293 『イブの七人の娘たち』 ブライアン・サイクス 初版2001

ついに、
全人類の完璧な母系図を組み立てるというわたしの夢が、
実現しようとしていた。
一族がひとつずつ合体し、やがてたったひとつの祖先へと、
アフリカ全体の、そして残りの世界全体の母へとたどり着く。
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apple原作

"The Seven Daughters of Eve"  (2001/07) Sykes, Bryan

apple概要

我々はどこから来たのか? そんなことをふと思い浮かべたことはないだろうか。この答えの鍵を握るのが、DNAである。DNAはどんなに長い年月を経ても、消えることもなければさびつくこともなく、朽ちることもない。我々の中で息づく、古代世界からの旅人なのだ。
人類は皆、20万年前のアフリカ女性「イヴ」の子孫であるといわれている。オックスフォード大学で遺伝学の教授を務める著者はさらに、6億5000万人にのぼる現代ヨーロッパ人の母系祖先は7人の女性に分類できるとしている。この女性たちに名前をつけると、アースラ、ジニア、ヘレナ、ヴェルダ、タラ、カトリン、ジャスミン。それぞれ、別の時代に別の場所で生活を送っていた女性たちである。

ミトコンドリアDNAには、母親からしか受け継がない、遺伝子の組み換えが起こらないという2大特徴がある。このミトコンドリアDNAをたどっていけば、ヨーロッパ人の誰もが、自分の祖先を知ることができるのである。そして、人類の歴史―― 我々はネアンデルタール人の末裔なのか、はたまたクロマニョン人の末裔なのか―― を知ることができるのだ。

本書は、こうした研究、発見にまつわる裏話と、それがヨーロッパにかぎらず世界中の人々にとって意味するものを明らかにしている。そして、ホモ・サピエンスの歴史が遺伝子に記録されていった道筋について語っている。

apple読むきっかけ&目的&感想

図書館でたまたま見た本棚にあった「ミトコンドリアが進化を決めた(2007)」を借りて読んだら面白かったので、それに関連する本を検索して探してみたら、本書「イヴの七人の娘たち(初版2001)」が面白そうだったので読んでみた。

さくら好み ★★★★☆

面白かったので、同著者の次作『アダムの呪い』も読んでみたい。
 
apple抜粋メモ

◆当時の世界にいた女性はイヴの7人の娘たちだけではない

彼女たちは、ほかの大勢の女性たちのなかで生活し、死を迎えている。たとえば祖先の母のなかでももっとも古いアースラの時代には、ほかにも大勢の女性たちがいた。だが現代ヨーロッパ人の約11パーセントと直接的な母系の糸でつながれているのは、彼女だけだ。同時代のほかの女性たちの母系図は、現在までたどり着かなかった。どこかの時点で、その系列の女性に子どもが生まれなかったか、息子しか生まれなかったために、途絶えてしまったのだ。
世代が変わるごとに男女間で交換される細胞核内の遺伝子のなかに彼女たちの遺伝子がいくつか残り、それが今日まで伝えられているという可能性は高い。しかしそうした遺伝子は紆余曲折を経て現在までたどり着いているので、それをたどっていくのは不可能だ。

◆誰もが一族の母になる可能性がある

彼女たちはほかの人と比べてなにか特別なところがあったのだろうか? まわりにいた女性たちとはひと際ちがうなにかがあったのだろうか。残念だが、その答えはノーだ。成長したふたりの娘がいるという必要条件以外には、とくに目立った点はなかっただろう。

彼女たち自身、まさか自分が一族の母となり、本書で取り上げられることになろうとは、思ってもいなかっただろう。同じように、今日の女性のなかで娘がふたり以上いる人なら誰でも、ひとつの一族の創始者となる可能性がある。この本が5万年後に書き直されれば、そうした女性たちが取り上げられることになるかもしれない。そのころには、この7つの一族のうちのひとつかふたつが消滅し、今日どこかで生活している創始者に取って代わられているかもしれないのだ。

◆ふたりの娘を産むという条件

一族の母となるには、いくつかの資格が必要だ。まずは、娘を産む必要がある。これはわかりきったことだろう。われわれが扱っている遺伝子、ミトコンドリアDNAは、母親から子どもへと受け継がれるのだから。息子しか産まなかった女性は、一族の母にはなりえない。息子たちは、母親から受け継いだミトコンドリアDNAを次世代に受けわたすことができないのだ。だから、娘を産むことが第一のルールとなる。

第二のルールは、娘がふたり以上いなければならないこと。その理由を理解するには、逆の視点から見るのがいちばんわかりやすい。つまり、現在から過去へと目を向けるのだ。一族の母親というのは、一族のメンバー全員に共通するもっとも近い過去の母系祖先である。現代人1千万人が所属する一族を想定し、その全員の正確な関係を、出生、結婚、死亡などの記録からすべて把握していると仮定してみてほしい。世代から世代へと記録をさかのぼるにつれ、母系のところでひとつになる。世代をひとつさかのぼるごとに、現代に母系子孫を持つ一族の数は減っていく。やがて、何百、あるいは何千世代もさかのぼると、一族のなかでこの21世紀に生きる母系子孫を持つ女性は、ふたりだけしかいなくなる。さらにさかのぼると、そのふたりの女性の系列がひとりの女性のところでひとつになる――これがほんものの一族の母である。その位置につくには、彼女にはひとりではなく、ふたりの娘がいなければならないのである。

◆7人の娘たちの祖先「ミトコンドリアイヴ」

本書の大部分はヨーロッパについての話だが、その内容は、世界のどの地域にも当てはめることができる。過去10年間にわたる熱心な研究プログラムによって、世界のあらゆる場所から集められた数千人分のミトコンドリアDNA配列が分析され、公表されている。われわれはそのすべてを、イヴの7人の娘たちを発見するに至ったのと同じプロセスにかけてみた。

われわれが全世界で発見した33の一族のうち、13はアフリカで見つかっている。過去千年のあいだに、奴隷としてアメリカやヨーロッパに無理やり連れ去られるなど、多くの人間がアフリカを離れている。しかし彼らの遺伝ルーツがアフリカにあるのは動かしがたい事実だ。

アフリカの人口は世界のほんの13パーセントにすぎないというのに、母系一族のなかではじつに40パーセントを占めていることになる。なぜそうなるかと言えば、ホモ・サピエンスがほかのどの地域よりも長くアフリカに存在したからだ。考古学的見地からもこの説は支持されているし、人類化石の研究からも支持されている。そしていま、遺伝学の支持も取りつけた。

アフリカでは、非常に長い時間にわたって突然変異が蓄積されてきた。これはつまり、新しい一族が形成され、それぞれが明確に区別できるようになるだけの時間があったということだ。アフリカ大陸のなかには、ほかの地域と比べて異なる一族の数が多い場所があるが、遺伝学的な一族と部族社会構造のあいだに特別な関係はない。これは、遺伝ルーツが非常に古い時代に根ざしていることの表れだ。部族形成やそのほかの分類が行われるより、10万年以上も昔の話である。

世界でもっとも古いアフリカの一族にしても、一族の遺伝学的関係を再構築することは可能だ。つまり、祖先の祖先をさぐるのだ。ついに、全人類の完璧な母系図を組み立てるというわたしの夢が、実現しようとしていた。一族がひとつずつ合体し、やがてたったひとつの祖先へと、アフリカ全体の、そして残りの世界全体の母へとたどり着く。彼女の存在は、1987年に発表されたミトコンドリアDNAと人類進化にかんする最初の研究論文のなかで、すでに予想されていた。即座に彼女には、「ミトコンドリア・イヴ」という名が与えられた――あまりアフリカ的な名前ではないが。

彼女は、世界中に暮らす60億人一人ひとりの母系祖先の根本に位置する。われわれなみな、彼女の直接的な母系子孫なのだ。

◆イヴもまた当時存在していたたったひとりの女性だったわけではない

アースラたちと同様、イヴもまた、当時存在していたたったひとりの女性だったわけではない。15万年前の人口は推測の域を出ないが、おそらく千人か二千人といったところだろう。そのなかで、イヴの母系列だけがとぎれることなく現在まで生き残ったのだ。しかし彼女たちにも、イヴ同様、やはり母系祖先がいた。したがって、イヴと、同時代に生きた女性たちの母系祖先となるべく女性が、もっと前にいたことになる。その彼女ももちろんひとりではなく、論理的にはさらなる母系祖先が必要となる。そう考えていくときりがなく、何百万年もさかのぼって、われわれの種の起源、そしてわれわれの種が進化したもとの種へとさかのぼっても、あまり意味はない。

図6の点線は、ミトコンドリア・イヴからさらに遠くさかのぼる系図があることを示しており、その点線を通じて、われわれの種ホモ・サピエンスはほかの絶滅した人類、すなわちネアンデールタール人やホモ・エレクトスへとつながり、やがては人類とその他の霊長類の共通祖先までさかのぼることができる。

◆アフリカを離れた唯一の一族

だがわれわれの目的を果たすためには、ミトコンドリア・イヴまでさかのぼれば充分だ。遺伝学が、現生人類の起源が過去15万年以内のアフリカにあることを明確に示している。約10万年前になると現生人類がアフリカから広がりはじめ、最終的には世界のほかの地域へと移住していった。信じがたいことかもしれないが、遺伝学的に再構築した結果、世界のほかの地域へ移住したのはアフリカの13の一族のうちたったひとつだけだったことがわかっている。だから大規模な人類の移動ではなかったと考えられる。もし何百、何千という数の人間が移動していたら、アフリカの一族がほかにもいくつか、世界のほかの地域の遺伝子プールで見つかっているはずだ。しかし、じっさいは見つかっていない。わたしがララと名付けた女性の一族しか、移動しなかったのである。

ミトコンドリアDNAの証拠から理論的に考えれば、現生人類のなかでアフリカを離れた女性はひとりきりで、世界の残りの地域に暮らすわれわれ全員がその女性の直接的な母系子孫という可能性がなくもないが、かなり低いはずだ。というのも、彼女が狩猟生活をともにしていた集団のなかには、同時代の女性がほかにもいたと考えるのが普通だからだ。ただし、その数はかなり少なかっただろう。ララ自身はその中にはいなかった。彼女はおそらくケニアかエチオピアに暮らしていたと考えられる。とにかく、アフリカ内にいたことは間違いない。なぜそれが分かるかと言えば、現代アフリカ人の多くが、彼女の一族に属しているからだ。だから彼女は、自分の子孫が移動をはじめるなか、アフリカで生涯を閉じたと考えられる。まさか自分が世界にそんな贈り物を与えているなど、知るよしもなく。

アフリカ以外の地域の人間全員が、その直接的な母系祖先をララまでたどっていけるというのは、驚くべき結論である。そういう意味で、彼女はアフリカ以外の世界のミトコンドリアイブと呼べるだろう。

◆胎児の性別は男性の精子が決める

Y染色体の生涯の目的はたったひとつ――男性をつくることだ。人類のその他の染色体と比べると、Y染色体は小さく、遺伝子の数も少ない。しかもそれに含まれる遺伝子で重要なのは、たったひとつだけ。人類のあらゆる胎児が女の子になるのを阻止する役目を担う遺伝子である。Y染色体がなければ、胎児は自然の法則にしたがって女性へと発達していく。胎児がY染色体を持っていて、SRYという遺伝子がきちんと機能していれば、それがほかの染色体内の数多くの遺伝子に働きかけ、胎児の発達が女性ではなく、男性へと方向づけられる。

これが、赤ん坊の性別決定の仕組みだ。男性である父親は、Y染色体を持っている。父親の精子の半分に、SRY遺伝子を運ぶY染色体が含まれている。そして残りの半分には、またべつの染色体――X染色体が含まれている。赤ん坊の性別は、母親の卵子に入り込んだ精子が、X染色体を持っているか、Y染色体を持っているか、ということに全面的にかかっている。もし卵子への突入に成功した精子がX染色体を持っていたら、生れてくる子どもは女の子だ。もしY染色体を持っていたら、男の子が生まれてくる。だから女性は、子どもの性別にはなんの影響も与えない。

この単純な事実を知れば大喜びしたであろう女性たちが、過去にどれほどいただろうか? 男の子ができない「欠陥」は、意図的であれ、しうでないのであれ、男の子を妊娠できない妻の欠陥だと、どれほど言われてきたことだろうか。

◆Y染色体で人類の歴史はさぐれるか

ミトコンドリアDNAが世代を通じて母系図をたどれるように、父親から息子へと受け継がれるY染色体も、世代から世代へと同じように父系図をたどっていけるはずだ。Y染色体が遺伝子によって分類され、そこに書き込まれたメッセージをごた混ぜにしてしまう組み換えが行われていないとすれば、今度は女性ではなく、男性の歴史を読み取るうえで、ミトコンドリアDNAを完璧に補完する材料だと考えてもいいだろう。

◆ついに女の歴史と男の歴史が一致した

いまのところ気になるのは、Y染色体によって明らかにされたヨーロッパの歴史は、本書のテーマであるミトコンドリアDNAから読み取った歴史と少しでも似ているのかどうかという点だ。Y染色体が語る出来事と、われわれヨーロッパ人の遺伝学的遺産の大きな源が旧石器時代にあるとしたミトコンドリアDNAが語る出来事は、一致するのか、しないのか。言い換えれば、男の歴史は、女の歴史と一致するのだろうか。その答えは、2000年11月10日に発行された『サイエンス』誌に掲載された。

『現代ヨーロッパ人に見られる旧石器時代のホモ・サピエンスの遺伝学的名残――Y染色体の視点から』と名付けられたその論文は、イタリア、東ヨーロッパ、アメリカ合衆国から集まった科学者たちの集大成だった。

論文には数字がびっしり書き込まれていたが、終わりから2枚目のページで、わたしの目はそのきわめて重要なパラグラフにすぐさま引きつけられた。それはこうはじまっていた――「ヨーロッパの人類集団におけるミトコンドリアDNA配列の多様性の分析はすでに行われている」。そして1996年に発表したわれわれの論文について触れられていた。「これらのデータによれば」と文章は続いていた。「遺伝子プールの約80パーセントは旧石器時代に属し、20パーセントは新石器時代の祖先に由来するとされている」フェアな言葉だ。わたしはつぎの文章へ進んだ。われわれの意見を破棄する言葉ではじまっているものとばかり思っていたら、そうではなかった。それどころか、こんな言葉が書かれていた。「われわれのデータも、この結論を支持する」

信じられなかった。からだから力が抜けていった。闘いは終わったのだ。4年半ものあいだ、われわれは苦しめられた。突然変異の発生率がまちがっているという恐怖、ミトコンドリアDNAの組み換えがなにもかもを台なしにしているという恐怖、そしてDループがまったくもって頼りにならないという恐怖に、ずっと耐え忍んできた。それがいま、報われたのだ。ミトコンドリアDNAも、Y染色体も、同じ物語を語ってくれた。男の歴史は、女の歴史と一致した。

苦しい闘いだったが、正々堂々たる闘いだった。新石器時代の農民は、まちがいなく重要な存在だ。しかし彼らが占めているのは、われわれヨーロッパ人の遺伝子の5分の1にすぎない。現代ヨーロッパ人の遺伝子プールの母体をつくりあげたのは、旧石器時代の狩人なのである。

◆現代日本人の共通祖先

アジア大陸の人々がはじめてアメリカにわたったころ、彼らは日本へもわたっている。日本の先史のなかでもっとも大きな疑問のひとつとされているのが、現代日本人の遺伝学的ルーツは、約1万2千年前に日本にわたったとされる縄文人にあるのか、それとももっとあとの、過去2千5百年のあいだに韓国から移動してきた弥生人にあるのか、という点だ。この問題は、現代ヨーロッパ人のほとんどがもともと住んでいた狩猟採集民の子孫か、あるいはもっとあとになって近東から到着した農民の子孫なのか、という疑問と類似している。ヨーロッパの問題については、ミトコンドリアDNAを使って解決することができた。同じことが日本にでもできるだろうか?

日本にかんする研究は比較的少ないが、遺伝学がこの疑問に決着をつけられそうな希望的サインは見えている。本州、四国、そして九州に住む日本人に加え、人類学者たちは、日本にはほかにもふたつ、現代の民族グループがあると認識している。北海道のアイヌと、おもに最南端の沖縄に暮らす琉球人だ。一説によれば、アイヌと琉球人は最初に日本全体を占領した縄文人の末裔で、そのあと韓国からやってきた弥生人によって、北は北海道に、南は沖縄に、本土から追いやられてしまったのだという。日本でわずかに行われている研究によると、本土に住む現代日本人のミトコンドリアDNAタイプは、アイヌや琉球人より現代韓国人のタイプに近いという。この説の一部は支持されている。しかし同時に、アイヌと琉球人のミトコンドリアDNAタイプにはあまり共通点がないという結論も出ている。ヨーロッパの主要クラスターに適用したのと同じ年代特定を行ってみると、アイヌと琉球人にはそれぞれ過去1万2千年のあいだに蓄積された独特の突然変異が見られた。つまりこれは、両者とも縄文人の末裔でありながら、当時からほとんど接触がなかったことを意味する。

現代日本人の大変のミトコンドリアDNA配列が現代韓国人と共通していることから、彼らの母系祖先は弥生人以降の移住者にたどることができる。ほかにも縄文人に母系祖先をたどることのできる日本人、そしてアイヌや琉球人との母系のつながりが強い人たちもたくさんいる。遺伝学的には、アジア本土からやって来た弥生人の影響が非常に大きかったことに疑いの余地はないし、その影響力はヨーロッパにおける近東の農民を遥かに超えているが、それでも、日本を完璧に取って代わるまでには至っていない。日本にかんする研究は、さらに進められるべきだ。しかしミトコンドリアDNAから見て、現代日本人のなかには縄文人と弥生人が混在していることはたしかであり、ここでも、さまざまな人種を枠にはめ込む遺伝学的な分類など存在しないことが確認された。

◆世代から世代へと受け継がれてきたDNA

わたしがこの種の遺伝学を気に入っているのは、しかるべきところ、つまり個人が、そして彼らの行動が、重要視されるからだ。こちらのほうが、古いタイプの遺伝学より遥かに魅力的である。これまでの遺伝学は方法論に制約され、人々を意味のないまちがったカテゴリーに無理やり押し込めようとしてきた。この研究をはじめるまでのわたしは、祖先のことを考えたことがあるにしても、彼らはどこか漠然とした、まとまりのない死者の集まりであり、自分と、あるいは現代社会ととくに確固たるつながりがあるとは感じていなかった。そして当然ながら、現実的な関連性があるなどとは感じてもいなかった。「クロマニョン人」が遥か昔に登場したという記述を読むのはおもしろかったが、わたし個人には関係のないことだった。ところが遺伝学を通じて、わたしの祖先のひとりがじっさいその時代そこにいて、歴史の一部だったことがわかると、それはもうたんにおもしろいという域を越えて、圧倒される思いがしたものだ。

DNAは、そのつながりを解明するメッセンジャーであり、文字どおり祖先のからだを通じて、世代から世代へと受け継がれてきた。どのメッセージも、われわれを時空を越えた旅へといざなってくれる。祖先の母たちが発する長い糸でつくられた旅路だ。

◆「人種」という概念の崩壊

こうした物語を考えると、人類を分類する生物学的根拠など、まるっきりナンセンスだとわかる。わたしがここで紹介したのは氷山の一角にすぎない。いちばん読みやすい遺伝子からの明確なメッセージだ。細胞核の遺伝子はほかにも何万とあり、同じメッセージをくり返し伝えている。われわれ人間は、誰もが完璧なる混血なのだ。と同時に、誰もがつながっている。それぞれの遺伝子が、それぞれの共通祖先へと導いてくれる。これはすべて、過去の人々から受け継いだ、けた外れの遺産である。われわれの遺伝子は、生れたときにぽんと登場したわけではない。何千世代にも及ぶ、何百万という生命によって、届けられたのである。

◆訳者あとがきから

サイクス教授は、日本での翻訳出版を記念して2001年9月に来日している。ある秋晴れの日、原宿のオープンカフェに姿を現した教授は、気さくな英国紳士だった。そしてうれしいニュースを持参していた。それまで発見していた33の世界の母たちに加え、日本とかかわりが深い新たな母がふたり見つかったというのだ。それだけでなく、教授はすでに発見していたアジアの母たちを含め、何人かの母たちに日本人の名前をつけたのだという。
日本的な名前をつける一族は全部で6つ。まずは「エミコ」が決定した。そのあと、「ネネ」、「ユミ」と、トントン拍子に決まり、教授の帰国ぎりぎりになって、「チエ」、「サチ」、「アイ」という名前が加わった。

響きだけでなく意味も重要視するという教授のために、その名前にも漢字をあてることになった。「エミコ」は「恵美子」、「ネネ」は「寧々」、「ユミ」は「由美」、さらに「千恵」、「幸」、「愛」とつづく。

こうした身近な名前をつけることで、教授の言うとおり、彼女たちの存在にぐっと現実味が増してくる。はたしてわたしの母は誰なのだろう。

◆関連Wiki

ミトコンドリア・イヴ-よくある誤解

しばしば誤解を受けるが、彼女は「同世代で唯一、現生人類に対し子孫を残すことができた女性」ではない。母方以外の系図を辿れば、彼女以外の同世代の女性に行き着くことも可能である(後段の「よくある誤解」を参照)。人類の出アフリカの時期を求める手掛かりのうち、年代特定が比較的容易なサンプルの一つであるという以外には、彼女は人類史に特別な意味や興味を占める人物ではない。

すなわち現在全人類に共通するミトコンドリアの最初の持ち主である女性は、長い歴史にわたって女系が絶えることの無かった幸運な人物ということである。

分子時計 Y染色体・アダム アイスマン ハプログループ 有名人のハプログループ

・ミトコンドリアDNA 母系による人類拡散の経路
Migraciones_humanas_en_haplogrupo_2

・Y染色体 父系による人類拡散の経路
World_map_of_ydna_haplogroups

◆著者

ブライアン・サイクス(Bryan Sykes MA PhD DSc, 1947年9月9日 - )は、イギリスの 分子人類学者、人類遺伝学者。オックスフォード大学分子医学研究所遺伝学教授。

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