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2012年10月21日 (日)

286 『原発と原爆 「日・米・英」核武装の暗闇』 有馬哲夫 初版2012年

原発は単なる電力生産工場ではない
・・・・・核なき核大国へ

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flair概要

日本の原子力発電をリードしてきた権力者たちには、核オプションを持つという戦略があった。米英の機密文書から初めて明らかにされるイギリスを巻き込んでのプルトニウム確保、ロッキード事件へとつながる原発建設ラッシュ。

  • 第1章 広島に原発を建設? (3・11が原爆と原発をリンクさせた「広島に原発を」というイェーツ提案 ほか)
  • 第2章 なぜ、日本最初の原発はイギリス製だったか (正力の宣戦布告プルトニウムへの執着 ほか)
  • 第3章 東海発電所と核武装 (原子力委員長・佐藤栄作研究された核武装の可能性 ほか)
  • 第4章 ロッキード事件とウラン調達 (原発建設ラッシュと核燃料田中角栄は濃縮ウランの大量輸入を決めた ほか)
  • 第5章 核なき核大国へ (カーターの核不拡散政策NPTの穴 ほか)

flair読むきっかけ&目的&感想

1ヵ月ほど前に新聞の書籍紹介で知った本。3.11以後に書かれた本だという事と、原発と外交の関係という切り口に興味を持った。

さくら好み ★★★★

本書では日米英の外交文書を読み解く事によって、原発が外交上どう位置付けられていたかが浮かび上がってきている。原発と原爆の政治的経緯、、、すごく読み応えがあった。

同著者作の以下をいずれ読んでみたい。
  ・日本テレビとCIA 発掘された「正力ファイル」 (2011)
  ・CIAと戦後日本 (2010)
  ・原発・正力・CIA―機密文書で読む昭和裏面史 (2008)

flair抜粋メモ

▼プロローグ

・そのまま維持すべきか、変更すべきか、変更するならばどのようにすべきか

かつてない規模の原子力発電所事故と放射能漏れが起こり、きわめて広範囲にわたって深刻な被害が出たために、日本は3.11以後、これまでの原子力中心のエネルギー政策を見直そうとしている。

原発を即刻全て廃止せよとか、原発を徐々に削減せよとか、原発に頼らない新たなエネルギー政策を模索せよとか、石油依存には戻れないので原発を維持せよとか、さまざまな議論がなされている。

日本がこれまで行ってきた原子力発電をそのまま維持すべきか、変更すべきか、変更するならばどのようにすべきかが問われている。この問いに答えを出すことは容易ではないし、容易ではありえない。

今日の原発は単なる電力生産工場ではない

原発の安全性の問題や事故については、研究者やジャーナリストがそれぞれの立場から数多くのレポートを書いている。ただし、これらはみな電力生産工場としての原発がどのように生まれ、そのように発展し、どのような事故や問題を起こしたかを書き記したものだ。これらだけでは原発をめぐる現実を理解し、日本の原子力発電の将来を考えるうえで、十分ではない。

今日の原発は、単なる電力生産工場ではない。それは、エネルギー問題や地域振興はもちろんのこと、外交や安全保障とも深く結びついている。これまで、原発と核武装とを結びつけることはタブーとされた。したがって、この結びつきを十分実証的に論じたものはなかった。あったものといえば、歴史的事実を省みようともしない反原発プロバカンダやジャーナリスティックな揣摩憶測だった。これらは原発をよりよく知り、原発の将来を考えるうえで、妨げにこそなれ、助けとはなっていない。

・外交と安全保障に重点を置きつつ

本書では、外交と安全保障に重点を置きつつ、日本側と外国側(アメリカ側とイギリス側)の第一次資料に基づき、原発導入から今日に至るまでの歴史的な流れを追っていきたい。それによって、日本の現代史において原発と核武装がどのように結びついていったのかを明らかにしたい。

それが、現在も行われている原発廃止か推進かといった過度に単純化されたポピュリズム的議論に一石を投じることになればと願う。

日本は核兵器でも製造して核戦力をもつべきか

日本国内でプルトニウムは余ってきている。その量はアメリカが安全保障上の問題を生じていると考えるほどになっている。いいかえれば、日本が十分な核戦力を持てるほどの量になっているということだ。

むしろ、早く余剰プルトニウムを処理する方法を見つけないと、地震や津波やテロなど不測の事態でどんな惨禍を招くかもしれず、日本の安全保障にかかわるほどになっている。

それならば、いっそ日本は核兵器でも製造して核戦力をもつべきだと考える人もいるだろう。

そうする意味はあるのだろうか。

「日本の核政策に関する基礎研究」によれば、アメリカ、ソ連、イギリス、フランスに中国が加わった段階、つまり60年代の半ばにして、すでに核兵器を持つことが大国の条件ではなくなっているという。

現在核保有国はこの倍になっている。唯一の核超大国アメリカに対抗できる核兵力を持ち得ない以上、核武装する意味が大きいとはいえない。

また、領土問題など国家間の紛争を軍事行動によって解決するということは、国際世論もあり、できない。経済的、政治的、人的な点で、地域的かつ世界的相互依存の関係が強まっている現在では、戦争すら考えにくい。世界情勢はますます核兵器を「使えない兵器」にする方向に向かっている。

外交カードとしての原発

日米安全保障条約が終わるとき

一方で、世界中のほとんどの国が潜在的核保有国になっている現在、全く核兵器を待たずに自分の国を守り、主権を主張できるかといえば、それも難しい。

世界には国際的信義を守らない国、民主的ではない国、理性的とはいえない指導者に支配されている国もある。

たしかに、日米安全保障条約があり、アメリカの核の傘があるが、それがいつまで続くか分からない。われわれがどんなに楽天的でも、この条件が永遠に続くとは思わないだろう。何事にも終わりがあるのだ。

日米安全保障条約が終わるとき、日本は十分な備えを持っているだろうか。核兵力に関していえば、アメリカの核の傘がなくなってからあわてても間にあわない。

原発は国際政治の中で玄妙な働きをする

原発は単なる電力生産のための工場ではない。特別な協定を結んだ外国から供給される濃縮ウランを核反応させ、プルトニウムという核兵器の原料を生成する原発は、国際政治の中で色々な、そして玄妙な働きをするツールとなりパーツとなりカードとなる。そのようなものとして少なくとも日米の政権幹部に見られていたし、扱われていたし、機能していた。潜在的核武装能力の淵源だからだ。この潜在能力が無ければ、日米安全保障の改定、沖縄返還、日中国交正常化などは、今とは違った形をとっていたかもしれない。

現在の状況で、日本が核武装すべきかどうか筆者には分からない。将来、日本が核武装すべき時がくるかどうかもわからない。だが、いえることは、それを使うにせよ、使わないせよ、カードは持っておく必要があるという事だ。

カードがなければ、使うか、使わないかの選択肢すらない。そして、必要になったとき、あるいは必要性に目覚めたとき、それがすでに失われていたら、もう打つ手はないのだ。

原発が果たす多様な役割にもっと目を開く必要がある

正力と岸以来、潜在的核戦力確立に務めてきた人々は、このカードを日本に持たせるために営々と努力を続けてきた。それをどうとるかは、今を生きている私たちに任されている。ただ、かなりの苦難をへてようやくたどり着いたことは理解する必要があるだろう。

壊すこと、捨てることは一瞬のうちにできる。作ること、築き上げることはきわめて長い時間を必要とする。

日本やアメリカの外交文書を読んでわかることは、アメリカや中国やロシアとの外交交渉において、このカードほど効き目のあるものは他にないということだ。このカードがなくなることによって失われるものは途方もなく大きい。

2011年3月11日に福島原発で起こった事故によってもたらされた被害の大きさ、悲惨さからわれわれはめをそむけてはならない。だが、原発が果たすこのような多様な役割にもっと目を開く必要がある。

あとがき

2011年3月11日筆者は宮城県の自宅で被災した。自宅の屋根の一部が壊れ、電気、ガス、水道などのライフラインが止まり、二枚重ねた毛布にくるまって3日ほどじっとしていた。家内の顔色が寒さで次第に悪くない、私も頭が重くなり、胸も苦しくなってきたので、とにかく宮城から脱出して、ガソリンが続くかぎり走って、衣食住に事欠かないところまでたどりつこうと思った。関越自動車道で東京に向かい、親戚の家に落ち着いた。家内は疲労と腰痛に襲われ、しばらく寝込んだ。だが私たちは、極めて幸運なほうだった。

震災二日目に、自宅駐車場のマイカーの車載テレビで、津波に襲われる宮城県沿岸部の都市の映像を見た。とくに、流れ出した油に引火して火と煙に包まれている気仙沼市の映像が衝撃的だった。原爆投下後の広島や長崎がどんなものだったか少しだけわかった気がした。

4月に入ってから、『原爆・正力・CIA』の著者ということで、いろいろなメディアに取材を受けた。自分が考えている原発と彼らが考えているそれの間に、かなりのずれがあると感じた。もう、二度と原発の事など各琴は無いだろうと思っていたが、もう一度、資料を徹底的に集めて、少し違った角度から歴史的事実を掘り下げなければならないと思った。とくに、アメリカ国務省の原子力の協定に関わる文書とイギリスの東海発電所輸出に関する大量の交渉文書は、絶対に読む必要があるのだが、外交と原発のことに明るくない筆者には理解が難しかった。以前に同じような本を書いて、予備知識を備えていなければ読み解けなかったかもしれない。

flair著者

有馬 哲夫(1953年 - )は日本の社会学者。 早稲田大学社会科学部・社会科学総合学術院教授。専門は、情報・メディア・コミュニケーション研究、アメリカ研究、日米放送史、広告研究、文化産業研究。

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社団法人 原子燃料政策研究会 提言/報告書

1997年、アジア地域の安全保障と原子力平和利用~地域構想特別委員会 第2次報告書、原子力と日本の安全保障政策 山内康英 国際大学助教授(*当時)より

冷戦後の核兵器抑止構造の変化と日本 (↓クリックで拡大)
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社説:原子力基本法 「安全保障目的」は不要

毎日新聞 2012年06月23日

 原子力行政の憲法とも言うべき原子力基本法に「我が国の安全保障に資する」との目的が追加された。

 真意はどこにあるのか。将来、核兵器開発に道を開く拡大解釈を招かないか、原発をはじめとする原子力の開発・利用の有効性を強調する意図なのか−−などなど、さまざまな臆測を呼んでいる。

 日本は非核三原則を国是とし、歴代政権は核開発の可能性を否定してきた。基本法は原子力の研究、開発、利用を「平和の目的に限り」とし、「民主・自主・公開」の原則を掲げている。「国の安全保障」をうたう狙いはこうした方針の転換ではないか、との疑念を生みかねない。

 藤村修官房長官は「平和利用の原則は揺るがず、軍事転用の考えは一切ない」と強調した。当然である。だが、そうであれば、誤解を招く表現は避けなければならない。「安全保障」部分の削除を求める。

 問題の表現は、20日に成立した原子力規制委員会設置法の付則に盛り込まれた。当初の政府案にはなかったが、民自公3党の協議で議員立法で成立を図ることになり、自民党の主張によって加えられた。法案の国会提出から実質4日間のスピード審議である。「安全保障」目的について議論が尽くされたとは言えない。規制委設置のための法律、しかもその付則によって基本法を改正するやり方にも、大いに疑問がある。

 そもそも「国の安全保障」と言う場合、「軍事力を中心とする国家の防衛」というのが伝統的な解釈である。そして、原子力の開発が核兵器につながりかねないという事情がある。だからこそ、原子力利用では、平和目的を掲げ、軍事とは一線を画すことに意味があった。

 審議で提案者の自民党議員は「安全保障」とは、核物質の軍事転用を防ぐ国際原子力機関(IAEA)の保障措置などを指すと答弁した。しかし、安全保障と保障措置とは意味が異なる。保障措置などを意味するならそう明記すればよい。

 自民党内には、日本が高い核技術を維持し、核開発可能な能力を示すことが潜在的な抑止力になると主張し、原子力と安全保障を結びつける考え方が根強く存在する。韓国が「真意と今後の影響を注視する」と反応したのも、こうしたことが背景にある。

 「我が国の安全保障に資する」との表現は、08年の宇宙基本法にも盛り込まれた。そして、20日には、宇宙航空研究開発機構(JAXA)法から「平和目的に限る」との規定を削除し、安全保障目的で人工衛星などを開発できるように改正した。

 消費増税政局に紛れ、安全保障にかかわる法律が十分な議論もなく成立することに危惧を覚える。

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