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2011年12月28日 (水)

256 『デザインの教科書』 柏木博 初版2011年

「デザインがわかる」エッセイ
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spade概要

「デザインとは何か」という基本的な質問から、デザインを決める要素、20世紀のモダンデザインから時代が変わっていまのデザインが求められている役割の変化まで。デザイン評論家として知られる著者・柏木博が書いた、受け手・使い手の立場でデザインを知るための絶好の入門書。

spade読むきっかけ&目的&感想

新聞の書籍紹介で知った本。

さくら好み ★★★☆☆

自分の日常生活におけるデザインを見直す良いきっかけになった。

spade備忘録

ものは短命になった

20世紀以降の日用品は、短命なものが多くなった。社会学者のジャン・ボードリヤールは、かつては、ものよりも人間のほうが短命であったが、現代社会においては、ものが人間より短命になってしまったと述べている。「今日、われわれはモノが生まれ完成して死滅する過程を目にしているが、これまでのいかなる文明の場合でも、人間の世代の後に生き残ったのはモノの方」だ。

ものは人びとの分身

ものの扱い方に、人それぞれの生活の仕方が現れるということに目を向けるほうが、有意義であるように思える。ものをぞんざいに扱い、すぐに破損したり捨てたりする人もいれば、細やかに大切に扱う人もいる。ものの扱い方に、それぞれの生活の仕方とともに人柄が映し出される。ものの扱い方が生活の仕方と関わっているとすれば、ものこそわたしたちの生活そのものを映し出しているともいえるだろう。

ものは、わたしたちの意識や感覚と切り離せない存在だといえる。極端ないい方をすれば、ものは人びとの分身でもある。親しい人が亡くなったときに、その人の持ち物をそうやすやすとは捨てがたいものだ。「形見」といういい方もする。

デザインによる改宗

文化人類学者のクロード=レヴィ・ストロースの『悲しき熱帯』には、興味深い記述がある。南米のポロロ・インディアンをキリスト教に改宗させようとしたサレジオ会の宣教師たちは、住まいの配置、つまりデザインを変更することで改宗できることに気付いたというのである。

ボロロ族の住まいは、それぞれの家族が車輪のように円形に配置されていた。こうした配置(レイアウト)の住まいに生活し続けるかぎり、ボロロ族の社会生活や儀礼の慣行は変化しないと、サレジオ会の宣教師は見抜いたのである。そこで、この住まいを破壊し、グリッド状に構成し直したのである。このことによって「急速に仕来りの感覚を失っていった」というのだ。そして、たちまちキリスト教に改宗することになったのである。つまり、住まいのデザインの変更をすることによって、南米のボロロ族の意識をヨーロッパのキリスト教的なものに変えてしまうことが可能になったのだ。

ものによるアメリカ文化の様式の受容

第二次世界大戦後、アメリカは、アメリカ的な生活用品を日本に持ち込むことで、日本人の生活をアメリカン・ウェイ・オブ・ライフ化することに成功した。

1946年から48年にかけて、GHQは、日本と韓国に進駐している2万世帯のアメリカ軍家族向けの住宅そして生活用品(家具・家電製品など)を日本で生産した。

GHQは、進駐軍家族向けの住宅およびその設備を、商工省(現・経済産業省)を通して、日本の組織に製作させた。もちろん、その資金、技術、デザインはアメリカが提供する形で行われた。家具は商工省工芸指導所(現・産業技術総合研究所)、家電製品は三菱、東芝などが製作を担当した。デザインに関してはGHQデザインブランチの担当官クルーズ少佐の指導のもとに、それぞれがデザインされた。

家具はタンス、長椅子、食卓セットなど30品目。家電製品はパーコレーター、電気洗濯機、冷蔵庫、電気レンジなどが製作された。

これらの製品は、銀座和光のショウ・ウインドウに陳列され、日本人に羨望の目で見られた。そうした家電製品は、進駐軍家族向けの生産が終わった後も、各メーカーで生産され続けることになる。それらは日本人の家庭に届けられることになった。

GHQ向けのデザインによる家電製品を受け入れたわたしたちは、ほんの少し前まで敵国であったアメリカがたちまち好きになり、さらにはアメリカン・ウェイ・オブ・ライフへと自身の生活様式を変えていくことになった。つまり、この場合、道具(デザイン)の変化は、行為の変化をうながすとともに、そのデザインによって、アメリカ的なライフスタイル、すなわち文化の「様式」の受容をうながすことになる。様式とは、ひとまとまりの思考方法や感覚のあり方に関わっている。たとえば、ある思考を身につけるということは、ある思考の様式を身につけることにほかならない。

明治維新以降、たちまち日本人が西欧の生活文化を受け入れていったのは、英語やフランス語の知識があったからではない。衣服や日用品など、すべて欧米のもの(デザイン)によってである。

「デザインの展示」 ~デザインには社会的脈絡がある

戦後の家電製品や家具などを収集し展示する地域の博物館が少しずつ出てきてもいる。けれどもその展示を見ると、ほとんどが説明なしに洗濯機や掃除機などを並べている状態になっている。メーカー。生産年などのデータだけが表示されていることがほとんどだ。

したがって、鑑賞者は、戦後の家電製品や家具を眺めてどことなくノスタルジーを感じるだけで終わってしまう可能性が高い。ノスタルジーには通常、論理がなく、それだけのことで終わってしまう。つまり、1950年代の洗濯機や冷蔵庫が展示されていても、それが古い(懐かしい)洗濯機や冷蔵庫であるということしか理解できない。

美術作品を鑑賞することと、デザインを鑑賞することは感覚をめぐって共通するところはある。美術作品は社会的コンテクストをもちろん無視しえないものである。同時に、それは美術家の自己表象である。他方、デザインは、もちろんデザイナーの自己表象となっている部分はあるにしても、経済のあり方、市場の特性、生産技術、あるいは生活の習慣や価値観、人々の欲望など、かなり複雑な社会的な脈絡があって成立している。

もちろん、こうした比較があてはまらない場合はある。しかし、多くの場合、デザインは複雑な社会的脈絡があって成立しているがゆえに、デザインを目の前にして、それが冷蔵庫や炊飯器であるという、そのもの自体の存在はすぐに了解されるにしても、それを成立させている多様な意味がにわかに読み取りにくいように思えるのだ。

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コメント

ポロロ・インディアンは、前のほうが幸せだったかも知れないね^^
でもほんとデザインは影響力あると思うよ。
言葉にも言霊があるように
デザインにも形魂があるのかもね^^

さくら、今年もよろしくね~♪

投稿: nono1 | 2012年1月 1日 (日) 07時33分

うんうん、容れ物(デザイン)って自分が感じる以上に心に影響してるよね。
形魂って絶対にあると思う!

こちらこそ宜しくお願いします。 ^^

投稿: さくらスイッチ | 2012年1月 3日 (火) 19時50分

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投稿: alekseydv | 2017年11月28日 (火) 11時33分

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