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2010年12月 8日 (水)

249 『喪失の国、日本 ― インド・エリートビジネスマンの「日本体験記』 M.K. シャルマ 初版2001年

1992年4月から1994年1月まで
日本に市場調査のために滞在したインド人研究員の
日本滞在記・・・ その私家本の邦訳

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eye概要

37歳で初めて取得したパスポートとともに、「礼節を重んじるクシャトリヤ(武士)の国・日本」にやってきた著者は、「一切がシステマティック」に整備 されている現代日本に面くらい、「正直いって私は恐れた。トイレ1つにもさまざまな操作知識が要求される。日本はインドのように、石器時代の名残をどこに も残していない」と驚きを連発する。物価水準、宗教観、恋愛・結婚観の相違から、インドと日本のカレーの違い、食べ方の違いまで、コミカルで興味深い分析がなされていく。

また、当時の日本の世相や流行が、リアルに描かれている点もおもしろい。まだバブル経済の余波で、企業の事業多角化、大小のテーマパーク の建設ラッシュ、連夜のハシゴ酒による接待で契約を取りつける日本式ビジネスなどが健在で、女性が都合よく利用するボーイフレンドをアッシー(足)君、 メッシー(飯)君などと呼んでいた時代である。

eye読むきっかけ&目的&感想

TBSラジオ『キラ☆キラ』でライムスター宇多丸さんが話していて知った本。以前、日本人のインド滞在記を探して読んだ事があり(『マンゴーの木 ~伝説の魔法使いをめぐる運命の輪~』)、その逆もまた面白そうだと思って読んでみた。1991年の市場開放直後のインド人が見た日本人、というのにも興味を持った。

さくら好み ★★★★☆

eye覚書

◆日本は「アメリカのディズニーランド」・・・

日本のように、あらゆる部分に電子技術の応用がなされ、人びとがこのように恩恵を享受し、楽しむことができるのは、経済的な豊かさもさることながら、平和が保障されているからだ。つまりこれは「核」の傘によって守られている国の豊かさであり、余裕なのである。

(東西の冷戦構造はすでに形骸化して、西側諸国はよい方向に向かっている。そのうち日本はアメリカのディズニーランドになるかもしれないね)。ゴルバチョフ氏がソヴィエト大統領になってまもないころ、上司のヴィクラマディティヤ氏が茶目っ気たっぷりに言った言葉が思い起こされた。

NASAの軍事科学技術の一部が商品化され、それを日常の中で愉しむ国が西側諸国であり日本なのである。なるほど、彼がイメージしていたのはこういう風景だったのかと、私は動く歩道に乗りながら思った。もっとも、ディズニーランドについては、氏も私も雑誌でしか知らない。

ところでヴィクラマディティヤ氏は、そのあとに続けて、「どうじに、日本はアメリカにおける経済的ヴェトナムになるかもしれないよ」と冗談っぽく言ったが、そのことについてはどうだろうか。ヴェトナムというのは、彼にとって、アメリカの「巨大な実験場」という比喩で、この場合は経済の実験場という意味である。

日頃、氏はある哲学者の「政治は別の手段をもってする戦争の継続である」という言葉をもじって、経済は別の手段をもってする戦争だと言っていた。アメリカは軍事力を、ヴェトナムを実験場にすることで確立し、いっぽう日本を後期資本主義の実験場にすることで磐石の地位を確立しようとしているというのだ。

それが事実かどうかはともかく、これはじつにスパイスの効いたきつい批評である。氏はときどきこのような類の風刺を吐いたが、そのあとに決まって「毒舌は、古いイギリスのジェントルマンの教養の一つだからね、感染してしまったんだよ」と笑った。そして続けてこう言った。

(最も未熟な自己表現の方法は殺し合いだよ。賢い者は血を流さずに政治、つまり交渉でそれを手に入れる。さらに賢い者は経済だけで手に入れる。そして最も賢い者は、日々の労働の中にそれを見出して他に求めない。これは本来逆になってはならないものだ。ところが愚かで貪欲な人間は、平和を求めるがゆえに経済発展を望み、経済発展を望むがゆえに政治力を求め、政治力を求めるがゆえに軍事力を高める。その結果、幸福を得るために集められたはずの金は、再生産しない兵器の購入に消えてしまう。これはじつは、政治家たちにとって旨みのある話でもあるのだ。何しろ、兵器というのは売り手と買い手が示し合わせて値段をつければいいからね。集めた金を再配分のシステムとしては、これほど都合のいいものはない。いまの世界がこの無意味な「大口消費」を最終段階とする構造を持っているかぎり、幸福のための資金はいつまでも無限の闇に吸い取られていく。近視眼的に見れば平和を維持するために防衛戦の能力は必須だ。ところが不幸なことに、現代では核による先制攻撃能力の確保以外にそれはありえない。だがシャルマジー、遠目に見れば、平和の手段が戦争であることは大矛盾だよ。そうだろう)。

氏のヴェトナム冗談によれば、アメリカは日本を資本主義経済の巨大な実験場にしていることになり、私は最も熾烈な攻防戦が繰り広げられている戦場の只中に、落下傘で降下した通信員という立場になる。

トイレに入ったが、チップを要求する女たちがいなかった。便器の前に立つと自然に水が流れ、水栓のない洗面所では最初戸惑ったが、手を出すと蛇口から水が出た。私はどこかに誰かが操作しているのではないかと振り返った。が、誰もいなかった。すべてが電子制御されているらしい。

(ヴィクラマディティヤさん、いまのところですが、ここはヴェトナムというより、あなたの仰言るディズニーランドですよ!) 私は心の中で叫んだ。

◆インド人ビジネスマンたちが学んだ日本語は「バカヤロー」

周知のようにインドでは、セールス部門のビジネスマンは、商人カーストを除いて、主に最上位カーストであるバラモン・カーストによって構成されている。バラモンであればどの家の敷居もまたぐことができ、その会社の社長室にも入ることができ、つまりどんな人物にも会うことができるからである。

身分制が廃止されて久しいといっても、保守的な感覚をもった資産家や実業家が多く、大手企業の社主には元マハーラージャも多い。こういう人たちの家や役員室に、優秀だが低カーストのビジネスマンを送りつけることはリスクが大きすぎる。相手のなかには、侮辱に耐えかねて一切を破談にする者もでてくる。

このような風土をもつインドに、日本人は、信じられないことだが、文化や習俗の研究をしないまま乗り込み、強気のビジネスをはじめた。

日本人ビジネスマンの多くは大した肩書きを持たないままやって来る。「年功序列システム」の日本企業が、発展途上国での仕事のきつさを考慮した若手を送る結果である。彼らは肩書き主義のインドで狼狽し、大きなストレスを背負い込む。その結果、デリーやムンバイやマドラスのインド人ビジネスマンたちが彼らから学んだ日本語は、「こんにちは」や「ありがとう」ではなく「バカヤロー」だった。

日本人ビジネスマンは、なぜ欧米人のように相手国の文化を研究しないまま、やって来るのか。私は、それをこんにちの日本人の無宗教性と没習俗性という文化環境に由来すると考える。

日本人は結婚式をキリスト教会で挙げ、墓は仏教式に建て、クリスマスを家族で祝い、新年には神社に詣で、少女たちはセント・バレンタイン・デーを祝って恋人のためにプレゼントを買う。それなのに教会へは行かない。なぜなら、彼らはキリスト教徒ではないからであり、世界中の風俗と習慣をたんにファッションとして選ぶ者だからである。仏間を持つ家もいまは少なく、仏陀の誕生祭である灌仏会を祝うこともしない。宗教儀礼や祭の多くは戦後すたれ、それらは「生活に潤いをあたえるためのイベントの一つ」となり、各自選択可能な趣味嗜好の範囲におさまりはじめている。

このような文化的段階では、異文化に接するにさいして、相手の宗教文化を研究することの重要性を感じられないのである。重要性を認識する文化的ベースが自らに欠落しているゆえであり、欧米人がインドの文化と習俗を学ぼうとするのは、彼らが異なる宗教をもっているからなのだ。

◆目次

訳者の序 ―九億五千万分の一の確率で出会った本

  1. 占星術で出発日を決める
  2. インド国営航空の「牛肉」
  3. システムが私を迎えた
  4. 信頼が先行する国
  5. 日本料理ほど素敵なショーはない
  6. 佐藤氏のインド体験
  7. 豪邸か召使い部屋か
  8. 刺し身パックという「海の豊饒」
  9. パンツ以外は脱ぐ日本のパーティー
  10. 食のカースト
  11. インドでカラオケはなぜ流行らないか
  12. 小社会の掟 ――公園デビュー
  13. 目的よりも手段が大事
  14. メニューと選択と快楽と
  15. 発情する少女たち
  16. 激辛カレーを食べる
  17. インド人は混ぜ、日本人は並べる
  18. 偏った「恥」 ――全裸での入浴
  19. 日本の「焼失」、インドの「破壊」
  20. さん、君、先生、ちゃん、坊・・・・・
  21. 買春という接待
  22. 腹を割る日本人、腹黒いインド人
  23. 三島由紀夫は民主主義者ではない
  24. 精神の日本刀、憎悪のインド刀
  25. スローチャナーとのデート
  26. ガンディーの非暴力は暴力の彼方にある
  27. 日本人が失ったもの、インドが失うもの

あとがき

訳者による解説 ―シャルマ氏の手記がわれわれに教えるもの

eye噂・・・

◆インド人の「日本論」 第2の「ベンダサン」論争
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訳者の自作自演か 「30年前と同じ手法」指摘
奇跡的な出会い 帯で強調「より悪質」の声

文藝春秋(東京都千代田区)から三月に発売された「喪失の国、日本」(M・K・シャルマ、山田和訳)をめぐって、「シャルマ氏というインド人の著者は存在せず、訳者の山田氏による自作自演ではないか」との指摘が出版関係者から出ている。約三十年前、故・山本七平氏が本当の著者ではないかと論争になったイザヤ・ベンダサン著の「日本人とユダヤ人」と同じ手法とみる向きも。ただ、翻訳に至るまでの著者と訳者の奇跡的な出会いを宣伝文句にしているため、「もし自作自演なら、より悪質」との声もあがっている。

著書などによると、著者のシャルマ氏は市場調査会社の社員として、平成四年から一年八カ月間日本に滞在。そこで目にした食習慣や人間関係について日印の文化の違いを原著でつづり、山田氏が訳した。

日本での出版は二つの偶然が重なった結果とされる。山田氏はインドのさびれた書店で少部数だけ出版されたシャルマ氏の現地語の著書を購入。その後、街で声をかけられた男性がシャルマ氏で、英訳原稿を送ってもらう約束をしたという。

単行本の帯にはインドの人口を引き、「9億5千万分の1の確率で出会った本」と紹介し、奇跡的な出会いを強調している。作家の枝川公一氏は「こんなに偶然が重なることがあるのか、と違和感をもった」と話す。

内容についても「インド人が書いたとは思えない」と、異議を唱える出版関係者も。出版社「イースト・プレス」社長の小林茂氏は「外国人の書いた日本論では日本人にはない着眼点があるものだが、『喪失の国』にはない」と指摘する。

小林氏は不審な点として、(1)シャルマ氏の勤務先や日本で世話をした人、出入りした飲食店が特定できない(2)シャルマ氏は現在、所在が分からず連絡が取れない(3)インドの読者向けではなく、日本の読者向けに書かれている-などをあげる。

また、あるインド人男性が待遇の不満から日本企業を提訴したと聞き、シャルマ氏は男性と空港で会ったと振り返り、これも「偶然」と強調する記述がある。実際、平成四年に勤務先の大手家電メーカーを提訴したインド人技術者がいたが、新聞でも報じられており「山田氏が利用した可能性がある」(小林氏)。

「喪失の国」について昭和四十五年に出版されたユダヤ人のイザヤ・ベンダサン著の「日本人とユダヤ人」を連想させると紹介した書評もある。「日本人とユダヤ人」は、評論家の故・山本七平氏が「ベンダサン」のペンネームで書いたのではないかと話題になった。

山本氏は平成三年に死去するまで、「ベンダサン=山本」を認めることはなく、ベンダサンについて多くを語ろうとしなかった。一方、「喪失の国」では著者のシャルマ氏について出身大学や職歴が明記されている。

現時点ではベンダサンと同様、「シャルマ氏=山田氏」と決めつけられないが、枝川氏は「架空の外国人に日本を語らせるという切り口で注目を集めるのは、販売戦略として受け入れてもいいのでは」と話す。

しかし、出版問題に詳しい評論家の片岡正巳氏は「帯の宣伝文句で奇跡的な出会いを強調するのは、強い作為をうかがわせる。シャルマ氏が架空の人物とすれば詐欺。内容に疑問や反論のある読者が、著者に訴えることができないような出版方法はフェアではない」としている。

山田氏は平成八年に講談社ノンフィクション賞を受賞した「インド ミニアチュール幻想」をはじめ、インドに関する著書が多い。

産経新聞は、文藝春秋と山田氏に、シャルマ氏の存在を確認するため、シャルマ氏が山田氏に送ったという原著の英訳原稿か手紙などの閲覧を求めたが、同社は「作品がすべてであり、それ以外の問い合わせにはお答えしない」としている。

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*上記は2001年当時の2chスレからのコピペ・・・m(_ _)m。山田和が書いたように見せかけたM.K.シャルマの著書なのか、M.K.シャルマが書いたように見せかけた山田和の著書なのか、興味深いところではある。個人的には後者だと思っているが、こういう書き方をした理由と意図を想像するのは楽しい。

eye著者

◆シャルマ,M.K.

モーハンダース・カラムチャンド・シャルマ。1955年、インドの貧しいバラモンの家に生まれる。奨学金をうけて、ラージャスターン大学を卒業、デリー大学に学んだ後インド鉄道局勤務。その後、ニューデリーにある市場調査会社に転職、1992年4月から94年1月の1年8カ月、日本に滞在した。帰国後、砂漠の中の街ジャイサルメールに隠棲し、画期的な日本論である『喪失の国、日本―インド・エリートビジネスマンの「日本体験記」』を執筆した

◆山田 和

1946年富山県砺波市生まれ。インドの古本屋で偶然手にした「自家本」の著者シャルマ氏に、砂漠の街で奇跡に近い邂逅をはたし、翻訳をすることになった。主な著書に『インド ミニアチュール幻想』(1996年 平凡社。講談社ノンフィクション賞を受賞)、『インドの大道商人』(1991年 平凡社・1999年講談社文庫)、『インド 旅の雑学ノート(熱闘編・驚愕編)』(1997年・1998年 ダイヤモンド社)などがある。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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コメント

興味あり♪
チェックしたよん♪

投稿: nono1 | 2010年12月14日 (火) 07時54分

面白かったよ♪

ちなみに、11月17日放送の「キラ☆キラ」のペラペラで宇多丸さんが紹介していたよ。
http://www.tbsradio.jp/kirakira/2010/11/20101117-1.html

投稿: さくらスイッチ | 2010年12月15日 (水) 20時32分

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