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2010年5月22日 (土)

193『代替医療のトリック』 サイモン・シン&エツァート・エルンスト 初版2010

「代替医療」の最新の科学的評価・・・

Dvc00001

good原題

Trick or Treatment?: Alternative Medicine on Trial (2008)

good概要

ホメオパシー、鍼、カイロプラクティック、ハーブ療法のほか、アロマセラピー、イヤーキャンドル、オステオパシー、結腸洗浄、指圧、スピリチュアル・ヒー リング、デトックス、伝統中国医学、ヒル療法、マグネットセラピー、マッサージ療法、瞑想、リフレクソロジー等々等々…。最新の科学的評価とは? その衝撃的な内容とは?

good読むきっかけ&目的&感想

アマゾンのノンフィクション部門で上位にランキングしていたので知り読んだ『フェルマーの最終定理』でサイモン・シンという名前を知った。それで、何で知ったのかは忘れてしまったけど、そのサイモン・シンの『代替医療のトリック』の評判も上々だということを知り、読んでみる気になった。図書館に予約して3ヶ月くらい待って借りる事ができた。

さくら好み ★★★★☆

私自身は今のところ健康上の問題を抱えていないこともあって、代替医療の施術を受けたことも興味を持ったことも無いので、代替医療の検証結果云々よりも、その成り立ちや利用している人の多さに付随するマーケットの大きさに少々びっくりした。

サイモン・シンの他の著作も読んでみたい。heart

 
good備忘録

代替医療とは

代替医療(だいたいいりょう、alternative medicine) とは「通常医療の代わりに用いられる医療」という意味が込められた用語である。代替医療は「補完医療」、「相補医療」とも呼ばれる。medicineは医療とも医学とも訳されることがあるので「代替医学」とも。米国でも日本でも学会等正式の場では「補完代替医療」(Complementary and Alternative Medicine:CAM)の名称が使われることが多いようである。通常医療と代替医療の2つを統合した医療は「統合医療」と呼ばれる。

もともとは欧米から発信されている用語であり、欧米での医療の歴史が反映している概念である。 wiki

 
科学と代替医療

「科学は代替医療を検証することができない」?

もしも‘代替医療の効き目’が科学によって検出できないなら、それはその治療法に効果がないか、治療として考慮に値しないほどわずかな効果しかないかのどちらかだろう。

「科学は代替医療がわかっていない」?

ある治療法のメカニズムがわからないからといって、効くかどうかがわか らないという話にはならない。代替医療に効果があることがきちんと示されれば、科学者はすぐさまそれを受け入れて応用しようとするだろうし、基礎となるメ カニズムを解明しようとするだろう。

・「科学は代替医療に偏見をもっている」?

たしかに代替医療を考えついた人たちは反主流派だったし、現代科学そのものが反主流派たちによって築かれてきた。抜本的に新しいアイディアを考えついた反主流派は、その考えが正しいことを世界に向って証明しなければならない。代替医療の開拓者のほとんどは、そこでつまずいてしまうのだ。

 
◆鍼

古代中部ヨーロッパの人間に施された入れ墨

鍼、すなわち皮膚に細い鍼を打つことによって健康を改善するという治療法は、中国で生まれたと思っている人が多いが、この治療法が用いられたことを示す最古の証拠は、中部ヨーロッパで見つかっている。1991年のこと、2人のドイツ人旅行者が、イタリアとオーストリアの国境に近いエッツ谷の氷河を渡っていたときに、凍り付いた死体を発見した。はじめ2人はその遺体を現代のハイカーのものだろうと考えた。その地方は天気が崩れやすく、大勢のハイカーが命を落としていたからだ。ところが実際には、2人が発見した遺体は、5千年前の人間のものだったのである。

発見されたエッツ谷にちなみ、“アイスマン・エッツィー”と名付けられたこの遺体は、温度が非常に低かったおかげで驚くほど保存状態が良く、世界的に有名になった。

調査にはさまざまな方法が用いられたが、そのなかでもとくに異色なのは、ドイツ鍼耳介治療学校のフランク・パール医師によって提案された方法だろう。パールはエッツィーの体のいろいろな場所にある入れ墨に興味を持った。それらの入れ墨は、何かを描写した絵ではなく、線と点をつないだようになっており、全体が15のグループに分かれているように見えた。パールは入れ墨の位置に見覚えがあった。「驚いたことに、入れ墨の点の80パーセントは、今日の鍼で用いられる経穴に対応していた」とパールは述べた。

過去五千年のあいだにはエッツィーの皮膚も変化したであろうにことを考慮すれば、入れ墨のすべてが経穴に対応している可能性もないわけではなかった。パールは、エッツィーが入れ墨を目印として正しい位置に鍼を打ち、自分で治療できるよう、古代の鍼治療師が入れ墨を施したのだろうとの結論に達した。

パールは、入れ墨のパターンを見れば、どういう症状で治療したかもわかると述べた。入れ墨のほとんどすべては、今日では腰痛を治療するときに用いられる経穴の位置にあり、それ以外のものは腹部の疾患に関係しているというのだ。パールと共同研究者たちは、1999年に、評価の高い医学専門誌『ランセット』に論文を発表し、次のように述べた。「鍼治療師の観点からすると、こうして選ばれた点の組み合わせは、ある特定の症状に対する養生法を表している」。しかも、入れ墨のパターンに対応する養生法があるばかりか、推測された通りの診断までも下された。放射線を用いた研究から、エッツィーの腰骨に関節炎が認められ、また、腸には多数の鞭虫の卵が見つかったのだ――彼はこの寄生虫のために、腸の不調に悩まされていたにちがいない。

・世界中に大きな関心を巻き起こした鍼治療だが

鍼に関するまとまった記述としてもっとも古いのは、中国『黄帝内径』のものである。これは紀元前2世紀に編纂された書物で、複雑な哲学とともに、今日の鍼治療師ならたいていは聞き覚えのあることが書かれている。とくに重要なのは、活力、または生命力である「気」が、「経路」という道を通って、身体のなかを流れているという思想である。病気になるのは、気の流れのバランスが崩れたり、流れが滞ったりするためで、鍼治療の目標は、経穴の位置で経路に鍼を打つことにより、気の流れのバランスを取り戻し、滞りを解消することにある。

鍼治療によって、さまざまな病気に診断を下し、奇跡のように治すことができるという中国人の主張は、当然ながら、世界中に大きな関心を巻き起こした。

やがてヨーロッパの医師のなかにも鍼を打つ者が現れたが、その場合は、この治療法の基礎となる考え方を、当時最新の科学上の発見に合わせて解釈する傾向があった。たとえば19世紀のはじめには、ベルリオーズは鍼は人間の体内の電気の流れを妨げたり、流れを促したりすると考え、気や経路という抽象的な概念を、電気と神経という、より具体的な概念で置き換えた。ペルリオーズはそこからさらに、鍼に電池をつなげば、治療の効果を高めることができるという説を提唱した。

同じころ、アメリカでも鍼の人気が高まり、それに促されるように数名の医師が鍼の有効性を調べるために検証に取り組んだ。しかし残念ながら、アメリカの医師たちはこれにまったく成功しなかったため、この方法に「愛想を尽かした」と記録されている。

一方、ヨーロッパの鍼治療師たちは、この治療法には効果があるとする論文を次々に発表した。鍼治療のおかげで坐骨神経痛がよくなった第三代エグリモント伯ジョージ・オブライエンらの後押しがあったために、上流階級のあいだでこの治療法の人気が急上昇した。

こうして、主流の西洋医学に定着するかにみえた鍼だったが、1840年代に入ると、裕福なエリート層は新しく流行りだした別の治療法に興味を移したため、鍼治療師の数は減っていった。ヨーロッパが鍼を捨てた大きな要因は、イギリスと中国との第一次、第二次アヘン戦争などにより、中国の伝統を見下す気運が生じたことだ。同じころ、中国でも鍼は減退しつつあった。清の道光帝(1782-1850)が、この治療法は医療の進歩を妨げると考えて、帝国医学研究所のカリキュラムからはずしたのだ。

・鍼治療が復活した背景

鍼は、20世紀に入るまでには、西洋では廃れ、東洋では休眠状態に入っていた。そのまま永久に廃れていても不思議ではなかったが、1949年に共産主義革命が起こり、中華人民共和国が建国されたことが直接の原因となって、鍼は突如として蘇った。毛沢東首席は、中国伝統医療を復活させるべく計画を練ったが、その計画には鍼だけでなく、薬草を用いる漢方や、その他の伝統療法も含まれていた。毛沢東の動機は、ひとつにはイデオロギー的なものだった、中国の伝統医療を復活させることにより、国家としての誇りを高めようとしたのだ。

中国は孤立していたため、西洋はこの国で鍼に対して新たな関心が生まれていることをほとんど知らずにいた。その状況が変化したのは、1972年にニクソン訪中という歴史的出来事が計画されたときのことである。その準備として1971年7月にヘンリー・キッシンジャーが訪中した。それに随行した報道関係者の一人であるジェイムズ・レストンという記者は、中国に到着するとまもなく虫垂炎になり、反帝国主義病院に緊急入院した。手術は滞りなくすんだが、二日後、腹部に激しい痛みがあったため、レストンは鍼治療を受けることになった。

ジェイムズ・レストンは、鍼は衝撃的であるばかりか、きわめて効果的だと考え、そのときの経験を記事にして、1971年7月26日の『ニューヨーク・タイムズ』紙に発表した。中国伝統の技術によって苦痛がやわらいだことを賞賛するレストンの記事は、医療の専門家のあいだに絶大な関心を呼び起こした。

『鍼――WHO(世界保健機構)の見解』

1970年代には、アメリカ中の大学や病院で、鍼に対する臨床試験が行われた。どの試験も、鍼がさまざまな症状にどんな影響を及ぼすかを明らかにするという、大きな努力の一環だった。

1970年代の末までには多くの臨床試験が行われたため、1979年に開催された世界保健機構(WHO)の国際セミナーでは、R・H・パナーマンが、鍼の是非についての科学的根拠をまとめるよう依頼された。パナーマンが出した結論は、懐疑派にはショックなことに、中国の主張を擁護するものだった。パナーマンは、『鍼――WHOの見解』と題した報告書のなかで、鼻炎、風邪、扁桃腺、気管支炎、喘息、十二指腸潰瘍、赤痢、便秘、下痢、頭痛、偏頭痛、五十肩、テニス肘、坐骨神経痛、腰痛、骨関節症など、20数種類以上もの身体症状が、「鍼に適している」と結論したのである。

このWHO文書の他にも、鍼には効果があるとする報告書がいくつか出たことは、西洋における鍼の信用という点で分水嶺となる出来事だった。鍼治療を志す人たちは、鍼にはたしかに効果があるのだと確信をもって学校に入学できるようになった。患者のほうも、鍼に間違いなく効果があると考えるようになり、順番待ちをしてでも治療を受けようという患者が急増した。1990年までには、ヨーロッパだけでも鍼治療師の数は8万8千人にまで増え、2千万人の患者がその治療を受けた。鍼治療師の多くは治療院を自営していたが、しだいに主流の医学に組み込まれていった。その状況は、2002年に行われた英国医師会の調査にはっきりと現れている。それによれば、開業医の約半数は、患者のために鍼による治療を手配したことがあるという。

・WHOの報告書は信用できるか?

この報告書をもって、鍼をめぐる論争は終わったと考えた人がいたのも当然だった。なんといっても、WHOは医療に関する国際的権威である。鍼は、きわめて効果的な医療であることが立証されたかに思われたことだろう。しかし、実を言えば、状況はそれほど単純ではなかった。残念ながら、以下で見ていくように、2003年のWHO報告書には、衝撃的なまでの虚偽誇張があったのだ。

WHOは、鍼の有効性を判定するにあたって2つの大きな過ちを犯した。第一の過ちは、臨床試験から得られた結果はどれもみな考慮に入れたことである。WHOが求めたような総合報告書を得るためには、厳格に行われた臨床試験だけを取り上げるなど、一定の水準を課したほうが、信頼性の高い報告が得られただろう。ところが、WHOは、臨床試験に課すべき水準を低く設定し、その時点までに行われた臨床試験のほとんどすべてを取り上げた。そのため最終的に得られた結論は、信頼するに足りない結果の影響を大きく受けてしまったのだ。

第二の過ちは、中国で行われた多数の臨床試験を考慮に入れたことである――それらは除外したほうがよいような質のものだった。中国の鍼研究には大きな疑惑があるのだ。一例として、麻薬やアルコールなどの依存症に対する鍼の効果についての研究を挙げよう。西洋で行われた臨床試験では、わずかに肯定的であるか、どちらともいえないか、否定的な結果が混在し、全体としては否定的な結果となっている。それに対して、中国で同様の医療介入に関して行われた臨床試験では、いつも決まって肯定的な結果が得られているのだ。鍼の有効性が洋の東西で変わったりはしないだろうから、こうした食い違いが生じるのは納得がいかない。どちらかだ間違っているはずだ。実は、東洋の研究者のほうに問題があると考えるだけの理由がある。ひとことで言えば、彼らの得た結果は、真実であるにしてはあまりにも良すぎるのだ。この批判は、注意深く統計的に調べた結果からも裏付けれている。統計的調査によると、あらゆる疑問を超えて、中国の研究者たちは、いわゆる《発表バイアス》の問題を抱えている。

発表バイアスとはどういうものかを説明するに先だち、それは必ずしも故意に詐欺を働いたということではないという点を力説しておかなければならない。なぜなら、ある結果を出さなければと、知らず知らずのうちにプレッシャーを受けているせいで発表バイアスがかかるような状況は、容易に想像できるからだ。鍼は中国にとって大きな威信の源だから、肯定的な結果を出した研究者は胸をはって、すぐさまその結果を専門誌に発表するだろう。ところがその一年後に別の臨床試験を行ったところ、今度は否定的な結果になった。重要なのは、その研究結果は、さまざまな理由から、発表されずに終わる可能性があるということだ。その研究者は、すぐに結果を発表しなければとまで思わないかもしれないし、否定的な結果を発表したところで、そんな論文は誰も読んでくれないと思うかもしれない。理由はどうであれ、最終的にその研究者は、肯定的な結果だけを発表し、否定的な結果は引き出しにしまい込んでしまう。これが発表バイアスだ。

WHOは、これまで通常医療に関しては立派な取り組みをしてきたが、こと代替医療に関するかぎりは、真実よりも政治的公正を重んじているようにみえる。その背景として、鍼を批判すれば、中国や、古代の叡智や、東洋の文化全般を批判したと受け取られかねないという事情がある。WHOの鍼調査委員会には、鍼に批判的な人物はただの一人も含まれず、鍼の効果を信じる人たちだけで構成されていた。とくに懸念されるのは、その報告書の起草および改訂にあたったのは、さまざまな病気の治療に鍼を用いることを全面的に認めている、北京大学統合医療研究所名誉所長、謝竹藩医師だったことだ。一般論としても、医療上の総合報告書として、これほど重大な利害関係のある人物をあてるべきではない。

WHOが信用できないというなら、いったい私たちは誰を信用すればいいのだろうか? 鍼に効果はあるのだろうか?

・コクラン共同計画

患者の治療にはにはいくら時間があっても足りないから、医師がすべての研究論文に目を通し、自分なりの結論を出そうとするのは非現実的で無理というものだろう。その代わりに、医師たちが厚い信頼を置いているのが、医療に関するあらゆる研究を理解することに力を尽くし、医師たちが患者に最善の治療法をアドバイスするために役立つ論文を発表している学者たちだ。

そのなかでも、もっとも有名でもっとも信頼されているのが、オックスフォード大学に本部を置くコクラン共同計画である。コクラン共同計画は、《科学的根拠にもとづく医療》という考え方に忠実に従い、臨床試験やその他の医療研究を調査し、どの症状にはどの治療が間違いなく効くのかという情報を提供することを目標にしている。

コクラン(スコットランド人)は医学研究者として実績を積むなかで、彼は《科学的根拠にもとづく医療》の大切さと、どの治療法がもっとも効果的かを医師たちに伝えていくことの必要性をますます痛感するようになった。それと同時に、医師たちも、世界中で行われている臨床試験の結果を理解しようと努力してはいるのだが、なかなか思うにまかせないことも知った。そこでコクランは、数多い研究プロジェクトから明確な結論を引き出すことを任務とする組織を設立すれば、医療の進展のためにはなにより役立つだろうと論じた。

1979年に、コクランは次のように述べた。「意味のあるランダム化比較試験のすべてについて、専門家、またはそれに準じる者によって批判的概要を作成し、その内容を定期的に更新するという作業が組織的に行われていないことは、医療界の大きな問題点として批判されてしかるべきである」

コクランのこの文章のなかでとくに重要なのは、「批判的概要」という言葉である。これは、誰が概要を作成するにせよ、ある治療法がどれかの症状に効くかどうかを判定するためには、個々の臨床試験をどの程度考慮に入れるかを判断する必要があり、その際には、それぞれの臨床試験の重みを批判的に検証しなければならないという意味だ。言い換えれば、多数の患者を含み、注意深く行われた臨床試験には重みがあるが、少数の患者しか含まず、あまり注意深く行われていない臨床試験にはあまり重みがなく、ずさんな臨床試験は取り上げてはならない、ということになる。

この方法は、今日では《系統的レビュー》と呼ばれている。系統的レビューは、ある治療法について行われた臨床試験を、厳密な科学的方法によって評価したものである――それとは対照的なのが、WHOが鍼について発表したような、無批判に全体を眺めただけの報告書だ。

すでに述べたように、《科学的根拠にもとづく医療》は、臨床試験やその他の情報源から得られる科学的根拠を調べることで、最良の治療法を知ろうとする医療へのアプローチである。系統的レビューは、その時点で得られるかぎりの科学的根拠から結論を導き出すという作業なので、しばしば《科学的根拠にもとづく医療》というアプローチの最終段階として位置づけられる。アーチー・コクランが1988年に亡くなったときにはすでに、《科学的根拠にもとづく医療》という考え方と、《系統的レビュー》の方法は、医療界に広く行き渡っていた。しかし、コクランのビジョンが十分に実現されたのは、1993年にコクラン共同計画が設立されたときのことである。

今日、世界中で12のセクターがあり、90以上の国の1万人以上の医療専門家がボランティアとしてこれに参加し、「あらゆる医療領域において、医療介入の有効性について系統的レビューを用意し、それを維持、推進することによって、医師が十分な情報にもとづいて判断を下すために役立つ」ことを目指して、怒涛のように流れ込んでくる臨床試験の結果に対処している。

コクラン共同計画の発足から十年あまりを経た今日、ライブラリには何千という臨床結果が蓄積され、すでに何百もの系統的レビューが行われている。系統的レビューでは、薬の効果だけではなく、あらゆる治療法の有効性が評価され、予防措置やスクリーニングの価値や、生活態度や食生活が健康に及ぼす影響までも検討されている。コクラン共同計画は1ポンドたりとも金はもらっていないので、何の有効性に関してであれ、系統的レビューの結論は公表されている。

鍼の有効性を示す根拠がない症状

針治療師にとって悪い知らせから見ていこう。コクラン共同計画の系統的レビューによると、次に挙げる症状のどれについても、鍼の有効性を示す根拠はない。

タバコ中毒、コカイン依存症、分娩誘発、ベル麻痺(顔面神経麻痺)、慢性喘息、心臓発作のリハビリテーション、逆子、鬱病、てんかん、主根幹症候群、過敏性腸症候群、統合失調症、間接リウマチ、不眠症、非特異的腰痛、上腕骨外上顆炎、肩痛、柔組織肩損傷、つわり、採卵(体外受精の成功率を高めるために鍼治療が行われている)、緑内障、血管性認知症、月経痛、むち打ち症、脳卒中。コクラン共同計画のレビューは、数十件の臨床試験をを調べた結果、これらの症状に対する鍼の効果は単なるプラセボ効果であると結論している。

今日、多くの鍼治療院で現に治療が行われていることを考えると、科学的根拠のなさは気がかりだ。たとえば、イギリス国内の針治療師をウェブで検索してすぐに出てきた宣伝文句を見るかぎり、ロンドン中心部にある某鍼治療院では、次の症状のすべてに対して治療が行われている。依存症、不安、循環器系疾患、鬱病、糖尿病、顔のアンチエイジング、疲労、胃腸障害、花粉症、心臓疾患、高血圧、6種類の不妊症、不眠症、腎臓病、肝臓病、更年期障害、月経不順、妊婦の健康管理、陣痛誘発、つわり、逆子、呼吸器障害、リウマチ、性機能障害、副鼻腔炎、皮膚病、ストレス障害、泌尿器障害、減量。これらの症状はいずれも、次の三つのカテゴリーのいずれかに当てはまる。

  1. コクラン・レビューによれば、鍼の有効性は臨床試験から得られた科学的根拠によっては支持されない。
  2. コクラン・レビューによれば、臨床試験がずさんであるため、鍼の有効性について確かなことは何も言えない。
  3. 研究方法がずさんで件数も少ないため、コクラン共同計画は系統的レビューを行うことさえできない。

さらに、他の研究機関や大学で行われた系統的レビューでも、コクラン共同計画とまったく同じ結論が得られている。つまり、右に挙げた症状のどれに対しても、鍼治療にはプラセボを上まわる効果があるという理由がないにもかかわらず、欧米にある何千もの張り治療院で、広範な病気の治療法として鍼が薦められているのだ。

鍼の有効性に多少肯定的な結果が得られた症状も

症状によっては、コクラン・レビューで多少肯定的な結果が得られているものがある。妊娠中の背中から腰にかけての痛み、腰痛、頭痛、手術後の吐き気および嘔吐、化学療法により引き起こされた吐き気および嘔吐、首の疾患、夜尿症がそれだ。これらの症状については、コクラン・レビューは多少前向きだ。要するに、鍼について肯定的な結論が出ているのは、夜尿症を別にすれば、ある種の痛みと吐き気だけなのである。

これらの症状は、鍼の効果に関するコクラン・レビューのなかでも、とくに肯定的な部類に属するが、コクラン・レビューがこれらに対して鍼で治療することを強く支持しているわけではないことに注意しよう。

科学的根拠は、痛みや吐き気についてさえ、ぎりぎり肯定的なレベルにとどまり、十分な説得力はないため、研究者はもっと明確な結論を得ようと、根拠の質と量を改善することに努力を集中した。

エクスター大学の研究グループが伸縮鍼を使ってプラセボ鍼治療を行ったところ、患者は本物の鍼を打たれているものと思い込んだ。初期の結論は、鍼治療師にとってはおおむね残念なものだった。慢性的な緊張性頭痛、化学療法による吐き気、手術後の吐き気、偏頭痛の予防などの治療について、本物の鍼のほうが、偽鍼(伸縮鍼)よりも効果があるという説得力のある根拠はただのひとつも得られなかった。つまり、これら最新の結果は、より肯定的なコクラン・レビューの結論と矛盾するものだったのだ。もしもその結果が、他の臨床試験でも裏づけられれば、コクラン共同計画も以前の結論を見直して、それほど肯定的ではないものに修整するだろう。

この展開はそれほど意外ではないともいえよう。臨床試験のやり方がずさんだったときには、鍼に肯定的な結果が得られていたが、臨床試験の質が高まるにつれて、鍼の効果のように見えていたものは消えていった。研究者たちが過去の臨床試験からバイアスを取り除けば取り除くほど、鍼はプラセボにすぎないことが示唆されるようになったのだ。

ドイツの臨床試験《メガ・トライアル》

結論の精度を上げるために、臨床試験で偽鍼を使うことに焦点を合わせる科学者たちがいる一方、ドイツの研究者たちは、試験に参加する患者数を増やすことに焦点を合わせた。ドイツ人が鍼の検証に興味を持つようになったのは、1990年代の末に、ドイツの政府当局が鍼そのものに大きな疑念を表明したためだった。当局は、信頼するに足る科学的根拠がないことから、鍼に対して金を払い続けることに疑問を投げかけたのだ。

科学的根拠が得られていないという状況を改善するために、ドイツの連邦医師・社会保険組合委員会は、質の高い鍼の臨床試験を8件行うという劇的な決断を下した。そして、偏頭痛、緊張性の頭痛、慢性腰痛、膝の骨関節症の四つの症状に対して鍼の効果が検証されることになった。これらの臨床試験は、それまでのいかなる鍼の臨床試験よりも多くの患者を含むため、《メガ・トライアル》と呼ばれている。

メガ・トライアルはなにしろ規模が大きいため、実施にも長い年数を要した。実験が終了したのはごく最近で、得られたデータは今も解析中である。しかし2007年には、メガ・トライアルのそれぞれの試験から結論が出はじめた。それによると、本物の鍼による治療のほうが、偽鍼よりもごくわずかに成績が良いか、または同じだった。臨床試験の精度が上がり、信頼性が高まるにつれて、鍼の効果はプラセボにすぎないようにみえてくるのである。

プラセボ治療の是非

患者に効き目があるのなら、プラセボでもよいのではないか? 効き目が現実のものなら、治療が偽物でもかまわないのではないか?

プラセボ効果に大きく頼った治療法は、早い話が中身はない。鍼は、患者が信じなければ効果がないので、もしも最新の研究結果が広く知れわたるようになれば、鍼を信じる気持ちがなくなり、プラセボ効果がほとんど消えてしまう患者も出てくるだろう。そうなっては困るから、鍼がまとっている神秘的な雰囲気が消えないよう、そしてその威力が失われないよう、みんなで共謀して事実に口をつぐみ、患者がこれからも鍼の効果を得られるようにすべきだ、と主張する人もいるかもしれない。一方、患者に間違った考えを持たせておくことは根本的に誤りであり、プラセボ治療を行うことは倫理にもとると考える人もいるだろう。

 
◆ホメオパシー

ホメオパシー: 「類が類を治療する」を理論的基礎とする病気の治療体系。ある症状を治療するためには、健康な人に大量に与えたときにそれと同じ症状を引き起こす物質を、ごく微量含むか、あるいは含まない薬剤を用いる。一人ひとりの患者に合わせた個別化治療を重視し、風邪から心臓病まで、たいていの病気は治せると主張する。

成長著しい代替医療「ホメオパシー」

ホメオパシーはここ数十年間でもっとも成長著しい代替医療のひとつであり、とくにヨーロッパでの成長ぶりがめざましい。フランスでは1982年から1992年までの10年間に、ホメオパシーの利用者は総人口の16パーセントから36パーセントに急増し、ベルギーでは人口の約半数が日常的にホメオパシーに頼っている。こうした需要の増大にともない、ホメオパシーの施術者(「ホメオパス」という)を志望する人も増加し、通常医療に携わる医師たちのなかにさえ、ホメオパシーを学んで患者に施術しようと考える人たちがでてきた。イギリスに本部を置くホメオパシー医師会には、そんな医師がすでに1400人も登録されている。

しかしなんといっても、ホメオパスがもっとも多いのはインドである。30万人がホメオパスの資格をもち、182の単科大学でホメオパシーが講じられ、300の病院でホメオパシーによる治療が行われている。

アメリカでは、ホメオパスの人数こそインドよりはるかに少ないものの、収益ははるかに多い。アメリカのホメオパシー業界の年間総売り上げは、1987年から2000年までのあいだに、3億ドルから15億ドルへと5倍に増加した。

これほど多くのホメオパスがいて、これほど儲かっている以上、ホメオパシーにはきっと効果があるにちがいないと思うのは当然だろう。もしまったく効果がなければ、なぜ何百万人もの人たちが――教育のある人もない人も、富める者も貧しい者も、東洋人も西洋人も――ホメオパシーに頼るのだろうか?

しかし、医学と科学の主流派は概してホメオパシーに対してきわめて懐疑的であり、ホメオパシーのレメディ(治療剤)は長らく熱い論争の的になってきた。

ホメオパシーが広まった背景

インドでは、ホメオパシーは単に生き延びているどころか、社会のあらゆる階層でさかんに用いられている。この国でホメオパシーがこれほど広まったのは、政治的策略や王室の後援などとは関係がない。ホメオパシーがインドに持ち込まれたのは、1829年、トランシルバニア人医師のマルティン・ホーニヒベルガー博士が、ラホールにあったマハラジャ、ランジート・シンの宮廷に出仕したときのことだった。ホメオパシーの思想はすみやかにインド中に広まって大いに繁栄したが、その主たる理由は、侵略者イギリスの帝国主義医療に対抗するものとみなされたからだ。イギリスの医療に対するインドの態度は非常に否定的だったので、ワクチン接種プログラムや、伝染病罹患者を隔離しようとする努力は、19世紀半ばに惨めにも頓挫した。

それに加えて、インド人が通常医療で身を立てたくても、インド医療奉仕団(英領インドで活動した、主としてイギリス人からなる医療団)に参加しようとすれば、差別に阻まれることが多かったため、より現実的な(そして安上がりな)職業の選択肢は、ホメオパシーの施術者になることだったという事情もある。また、ホメオパシーとヒンドゥー教の医療であるアーユルヴェーダとは親和性が高く、一説によれば、ハーネマン自身、伝統的なインド医術を学んだこともあるという。

長年のうちに、医療としてはホメオパシーだけしか受けられないインド人が何千万人にものぼった。そして1970年代に入ると、はじめは西洋からホメオパシーを輸入したインドが、それを西洋に輸出しはじめた。西洋の患者たちは、鍼治療やアーユルヴェーダといった代替医療体系を東洋に求め、ホメオパシーも改めて取り入れはじめたのだ。多くの西洋人はホメオパシーのことを、エキゾチックで自然(ナチュラル)で全体的(ホーリスティック)で、一人ひとりの患者に合わせる個別化医療と考え、欧米の巨大製薬会社に押し付けられた「企業の医療(コーポレート・メディシン)」に対する防御手段と考えた。

「ホメオパシー・コーヒーはいかが?」

西洋の科学者たちは、相変わらずホメオパシーを相手にしていなかった。1950年代、1960年代、そして1970年代を通して、ホメオパシーには効果があるのかどうかを検証しようとする科学的な臨床試験はごくわずかで、内容もきわめて不十分だったため、結果には信用がおけなかった。つまり、超高度希釈の溶液に薬として効果があるという考えを裏づけるしっかりした科学的根拠はまだ存在しなかった。そのため科学者たちは引き続き、ホメオパシーの原理を基礎として、何らかの医療体系を築こうとするのは愚かしいことだと考えていた。

科学者がホメオパスをからかうこともあった。たとえば、ホメオパスのレメディはあまりにも薄く希釈されていて、要するにただの水だから、科学者たちは辛辣にも、レメディを脱水症状の治療に使えばよいと言った。また、「ホメオパシー・コーヒーはいかが?」などと互いに言い合うこともあった。ホメオパスたちは、有効成分が少なければ少ないほど効果は強まると信じているので、ホメオパシー・コーヒーは、信じられないほど薄いにもかかわらず、信じられないほど濃い味がするはずだというのだ。同じ理屈で、ホメオパシー・レメディを飲み忘れた患者は、有効成分を過剰に摂取することになって死亡しかねない、などとも言った。

科学誌『ネイチャー』に掲載されたホメオパスを支持する論文

1988年6月になって、嘲笑の声は突如として止んだ。おそらくは世界一評価の高い科学誌『ネイチャー』に、「きわめて低濃度のIgE抗血清により、ヒトの好塩基球の脱顆粒が引き起こされる」という大胆なタイトルの研究論文が掲載されたのだ。専門外の人たちがその論文の意義を理解するためには、多少の解読作業が必要だったが、まもなく、ホメオパスのいくつかを支持する内容であるらしいことが明らかになった。

もしも論文に書いてあることが正しければ、有効成分をまったく含まない超高度希釈液が、たしかに生物の身体に影響を及ぼすことになる。そんなことが起こるのは、有効成分の記憶を水が保っているときだけだ。それゆえこの研究は、ホメオパスたちが結局は正しかったことを意味することになる。

ホメオパシーの歴史上、もっとも有名な実験となったその研究を行ったのは、カリスマ的なフランスの科学者ジャック・バンヴニストだった。レーシング・ドライバーだったバンヴニストは、背骨を痛めたのがきっかけで医学研究の道に入った。研究者としていくつか重要な科学論文を発表したが、結局、彼の名前を人びとの記憶に留めたのは、主流の科学者に衝撃を与え、世界中の新聞の見出しを飾ったホメオパシーに関する『ネイチャー』論文だった。

フランスの研究チームは2年にわたり、水の記憶というアイディアに沿って研究を続けた。その間、チームは一貫して肯定的な結果を得た。ホメオパスたちは歴史上はじめて、ホメオパシーの基礎となるメカニズムの存在を裏づける科学的根拠を得たと言えるようになったのである。

バンヴニストは自らの研究の正しさを確信し、『ネイチャー』の編集人であるジョン・マドックスに論文を送付した。マドックスは当然ながら、その論文をレフェリーに査読してもらった。レフェリーによる査読は、新しく得られた結果を、利害関係のない科学者がチェックして、その研究が適正に行われているかどうかを吟味するために普通に取られる手続きである。

パンヴニストの実験は適正な手順を踏んで行われたように見えたが、論文のなかで主張されていることはあまりにも荒唐無稽だったため、マドックスはさらに、掲載論文に但し書きを付けることにした。マドックスがそれ以前にこのきわめて異例の手続きを取ったのは、1974年に、スプーンを曲げるユリ・ゲラーの超能力に関する論文を掲載したときのことだった。バンヴニストの論文に付けられた但し書きには、次のようにあった。「編集人の見解:この記事を読む人は、多くのレフェリーが不審の念を抱いているということをご承知おきいただきたい。そのため『ネイチャー』は再現実験を行うよう他の研究者に依頼した」

「水の記憶」は存在するのか?

調査は問題の論文の掲載号が発行されて一週間後にはじまった。4日のあいだ、カギとなる重要な実験の再現が試みられた。マドックス、スチュアート、ランディの3人は、実験のすべてのステップを観察し、手続きに不備がないかどうかを確かめた。試験管を分析する仕事は、バンヴニストの助手エリザベート・ダヴナーに任され、それまで2年間に得られてきたものと同じ結果が得られた。

ホメオパシーの考え方に沿って処理された細胞のほうが、対象群の細胞よりもアレルギー反応を強く示した――つまり、ホメオパシーの溶液はたしかに白血球の反応を引き起こしたのだ。ホメオパシーの溶液には、もはやアレルゲンが1個も含まれていないにもかかわらず、アレルゲンの「記憶」が影響力を振るっているらしかった。問題の実験は、首尾良く再現されたのである。

しかし調査団はまだ納得しなかった。助手のダヴナーが試験管を分析する際、試験管ごとに、ホメオパシーの溶液で処理されたものか、そうでないかがわかるようになっていたため、彼女の分析には、故意の、あるいは無意識のバイアスがかかっていることが懸念されたのだ。盲検化は患者だけでなく、医師や科学者に対しても行わなければならない。医師も科学者も、自分たちが処方したり研究したりしているものが、本物の治療なのか、対照のための治療なのかを知っていてはならない。盲検化を行うのは、バイアスをできるかぎり小さくし、誰かの期待が実験に影響を及ぼすのを避けるためだ。

そこで『ネイチャー』調査団は、試験管の中身については何もわからないようにして、ダヴナーに分析をもういっぺんやり直してもらった。やがてダヴナーは分析を終えた。今回の分析結果によると、ホメオパシーで処理された好塩基性白血球は、ただの水で処理された対象群のものとまったく同じように反応した。実験は、バンヴニストが過去2年間に得たような効果が実際にあることを示せなかったのだ。結果は、ホメオパシーの主張を裏づける根拠を示さず、逆に、普通の科学的な考え方と、物理、化学、生物の既知の法則すべてに合致するものだった。

実験結果に持ち込まれたバイアス

のちに明らかになったところでは、バンヴニスト自身は一度も実験を行っておらず、すべてをダヴナーに任せていた。さらに、彼女は一度も盲検化せずに分析を行っていたことも判明した。つまり彼女はうっかりと、いつも同じバイアスを結果に持ち込んでいた可能性がきわめて高いのだ。しかも彼女ははじめからホメオパシーの威力を強く信じており、その効果を証明したいという強い願望をもっていた。

『ネイチャー』は、バンヴニストの最初の論文に関係した研究者のうち2人が、年間利益が1億ユーロを超えるフランスの大手ホメオパシー企業から研究資金の一部を提供してもらっていたという点を強調した。企業から資金をもらうことが必ずしも悪いわけではないが、今回は、利害関係の点で問題になりかねないその事実が、最初の段階で明らかにされていなかった。

こうした批判すべき点を指摘しつつも、『ネイチャー』調査団は、バンヴニストが故意に不正を働いたとは言わず、問題は、彼とそのチームが自己欺瞞に陥って、実験を厳密に行わなかったことだという点を強調した。

バンヴニストのケースでは、ダヴナーは「目隠し」されておらず、しかもホメオパシーに好意的だったという二つの要因が合わさって、彼女の得た結果にバイアスをかける恐れがあった。ダヴナーはボーダーライン上のケースをたくさん見たことだろう。細胞はアレルギー反応を起こしているのだろうか、起こしていないのだろうか? そんなボーダーライン上の細胞がホメオパシーの処理を受けているとわかっていれば、彼女は無意識のうちに、アレルギー反応を起こしていると判定したくなったかもしれない。その細胞がただの水で処理されているとわかっていれば、やはり無意識のうちに、逆の判定を下したくなったのではないだろうか。

ダヴナーが確実に「目隠し」され、判断にバイアスが入り込まないようにした。すると、ホメオパシーの溶液と水では、ほぼ同じ結果が得られた。公正な検証により、ホメオパシーの溶液は、好塩基性白血球に影響を及ぼさないことが示されたのだ。

 
カイロプラクティック

19世紀末に開発された治療法で、脊髄を手でアジャスト(調整)する。腰痛の治療だけを扱うカイロプラクター(施術者)もいるが、喘息をはじめ、どんな病気も治療する者が多い。カイロプラクティックの基礎理論によれば、脊髄に手技を施すことが医療に役立つのは、脊髄に与えた刺激は神経系統を介して身体全体に影響を及ぼすためだ。

主流の医療に組み込まれている「カイロプラクティック」

カイロプラクターは脊髄に手技を施すことにより、主に腰痛や頸部痛を治療し、イギリスでは医療システムにしっかりと組み込まれている。そのため、代替医療を扱った本書にカイロプラクティックが登場したことを、意外に思った読者も少なくないだろう。なにしろ通常医療の医師の多くは患者をカイロプラクターにまわしているし、たいていの保険はカイロプラクティックをカバーする。とくにカイロプラクターが世界一多く、年間約30億ドルがカイロプラクティックに費やされているアメリカではそうだ。カイロプラクティックは、アメリカの医療システムに組み込まれているのみならず、近年とみに人気が高まっている。アメリカのカイロプラクターの人数は、1970年から1990年にかけて著しく増加し、2002年には北アメリカで患者の治療にあたるカイロプラクターは6万人になった。2010年には、この数はほぼ倍増しそうな勢いなのに対し、通常医療の医師の増加率は16パーセントに留まる見通しだ。

カイロプラクティックが主流の医療に組み込まれていることを端的に表しているのが、アメリカでは50の州すべてカイロプラクティックが認可され、他の多くの国々でも法的に認められているという事実だろう。たとえばイギリスのカイロプラクターは法令で規制されているが、これは医師や看護師と同等の立場にあるということを意味する。

「コキッ」という音は骨と骨がぶつかり合って立てる音ではない

脊椎マニピュレーションを受けると、「コキッ」という音が出ることがあるが、あれは骨と骨がぶつかり合って立てる音ではなく、骨が正しい位置に戻ったという証拠でもない。あの音は、間接内を満たしている液体が強く圧迫されたせいで気泡を生じ、その気泡が解放されてはじけるときの音なのだ。

 
代替医療を使うきっかけは通常医療への失望

世界中のどこで行われた調査でも、代替医療を使うきっかけの少なくとも一部は、通常医療への失望であることが示されている。医師たちは、診断を下し、適切な治療をするという点では立派な仕事をしているのだろうが、「良い医師」であるための条件として、診断や治療の的確さと同じぐらい重要な資質が欠けていると感じている患者は多い。調査によると、患者は、医師は自分のためにろくに時間を割いてくれず、思いやりも共感もないと感じている。それに対して、代替医療を受けている患者は、自分のために時間をかけ、理解と共感を示してくれることをセラピストに求め、セラピストはおおむねそれに応えていることがわかる。ある意味では、医師のなかには、患者に対する思いやりを代替医療の施術者に委託している者がいるのだ。

われわれは、ここに重要なメッセージが含まれていると思う。代替医療は、本書の中で論じたような意味での「治療」をしているのではなく、患者とのあいだに治療効果のある関係を作っているのだろう。代替医療の施術者の多くは、患者とのあいだに非常に良い関係を築き上げており、それ以外には効果のない治療のプラセボ効果を最大限に高めるのに役立つ。

主流の医療に対するメッセージは明らかだろう。医師たちは、患者とのあいだにより良い関係を築くために、一人ひとりの患者にもっと時間をかけなければならない。国によっては、平均の診察時間はわずか7分というところもある。一番時間をかけている国でも、平均15分を確保することさえままならないありさまだ。もちろん、診療時間を増やすという課題は、言うは易く、行うは難い。代替医療のセラピストたちは、ひとりの患者に30分もかける。なにしろその時間に対し、たいていは高額の料金を請求するのだから。一方、一般医の診療時間を増やそうとすれば、政府は大きな投資を迫られるだろう。

 
有効であることが証明できる代替医療は通常医療になる

興味深いのは、安全で有効であることが証明できる代替医療はなんであれ、実は代替医療ではなく、通常医療になるということだ。つまり、代替医療とは、検証を受けていないか、効果が証明されていないか、効果のないことが証明されているか、安全でないか、プラセボ効果だけに頼っているか、微々たる効果しかない治療法だということになりそうだ。

しかし、代替医療のセラピストたちはあいかわらず、勲章のように「代替」という言葉を冠し、不十分な治療法に不当な尊厳を与えるために利用している。彼らは「代替」を称することで、科学からこぼれ落ちている何かを拾い上げているというイメージをまとわせようとしている。しかし実を言えば、代替の科学というものは存在しない――代替生物学、代替解剖学、代替検証、代替科学的根拠が存在しないのと同じように。

 
お茶にミルクを注ぐより、ミルクにお茶を注いだほうが美味しい?

20世紀のイギリスで、臨床試験の利用に先駆的な役割を果たしたサー・ロン・フィッシャーが、臨床試験の簡便さとその威力を見せ付ける例としてよく持ちだしたのが、次のような思い出話だった。

ケンブリッジ大学にいた当時、彼は理想的なお茶の淹れ方はいかにあるべきかという論争に巻き込まれた。ひとりの女性が、ミルクをあらかじめカップに入れておき、そこにお茶を注ぐべきであって、お茶にミルクを注げば味が落ちてしまうと言い張ったが、同じテーブルにいた科学者たちは、そんなことで味に違いは生じないと言った。そこでフィッシャーはすぐにひとつの試験を提案した――お茶にミルクを注いだときと、みるくにお茶を注いだときとで、味をくらべてみようではないかと。

さっそく、お茶にミルクを注いだものと、ミルクにお茶を注いだものが数カップずつ用意されて、その女性にどっちがどっちか当ててもらうことになった。ミルクティーは完全に秘密裏に用意され、見た目もまったく同じだった。ところがその女性は、お茶にミルクを注いだものと、ミルクにお茶を注いだものとを、正しく判別したのだ。こうして、味はたしかに違うということ――この女性が正しく、科学者たちは間違っていたことが示された。

実際、この2つの作り方でミルクティーの味が変わるのには、立派な科学的根拠がある。お茶にミルクを注ぐと味が落ちるのだが、それはミルクの温度が急激に上がりすぎて、ミルクに含まれるタンパク質が変質してしまうからだ(変質したタンパク質は酸味を帯びる)。

 
good著者

サイモン・シン

Simon_singh_tam_london_20091967年、イングランド、サマーセット州生まれ。祖父母はインドからの移民。ケンブリッジ大学大学院で素粒子物理学の博士号を取得し、ジュネーブの研究センターに勤務後、英テレビBBCに転職。96年、TVドキュメンタリー『フェルマーの最終定理――ホライズン・シリーズ』で国内外の賞を数多く受賞し、97年、同番組をもとに第1作『フェルマーの最終定理』を書き下ろし、世界的ベストセラーとなる。第2作『暗号解読』、第3作『ビッグバン宇宙論』(新潮文庫収録時に『宇宙創成』に改題)がいずれもベストセラーとなり、科学書執筆の分野で現在、世界トップクラスの高い評価を得ている。

エツァート・エルンスト

Edzardernst 1948年、ドイツ、ヴィースバーデン生まれ。代替医療分野における世界初の大学教授。ドイツで物理学を学び、博士号を取得したのち、ミュンヘンのホメオパシー・クリニックを皮切りに、ウィーン大学などで広く代替医療の施術と研究に従事した。1993年、英エクセター大学に代替医療学部を創設。現在も旺盛に代替医療研究を続けている。著書論文多数。

訳者/ 青木薫

青木薫(あおき かおる、女性、1956年  - )は、翻訳家。山形県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院修了。理学博士。専門は理論物理学。2007年度日本数学会出版賞受賞。

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