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2010年4月23日 (金)

181~184 備忘録 「不思議の国のアリス」

181 『不思議の国アリス・オリジナル』 初版1987年
182 『新注 不思議の国のアリス』 高山宏・訳 初版1994年
183 『不思議の国のアリスの誕生』 笠井勝子・監修/高橋宏・訳 初版1998年
184 『不思議の国の論理学』 初版1977年

ルイス・キャロル
駄洒落 
パロディと風刺 ゲームとなぞなぞ ナンセンス
フロイト的要素 夢と悪夢   幻覚体験との類似性
リデル家やオックスフォード大学の学僚に関わる
内輪のジョーク
Photo

drama読むきっかけ&目的&感想

Dvc00012 TBSテレビ「ウルルン滞在記(2007.06.24放送)」で、ニューヨークに住む飛び出す絵本の作家として有名な“ロバート・サブダ”を知った。その放送で興味を持ったので、『ロバート・サブダ しかけ絵本の世界展(2007.09)』を観に行き、展覧会用の『不思議の国のアリス-しかけ絵本』(→画像)を購入した。それを眺めながら、「アリス、読み直してみようかなぁ」と思った。

思っただけでそのまま時が過ぎ、忘れてしまった頃に『不思議の国のアリス展(2009.07)』(↓画像)があり、何となく観に行った。それで又、「アリス、読み直してみようかなぁ・・・」と思った。
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思っただけで又そのまま時が過ぎ、そして先週末、映画『アリス・イン・ワンダーランド(2010)』(↓画像)を観てきた。そのナンセンスな映画を観て、「アリス、読み直してみようかなぁ・・・」と思い、今度こそはとアリス本を何冊か借りてきた。
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さくら好み ★★★★★

時代背景、注釈、写真、挿絵、原話を参考にしながら『不思議の国のアリス』を読むのは、果てなくイメージが広がってとても面白かった。アリスの世界って、大人でもというより、大人のほうが楽しめる。そして、読み終わった後にダリの絵を見ると、脳内でイメージが反芻されて心踊った。heart

物語の効用   プライベートな笑い ユーモア 言葉遊び 屁理屈 哲学的
空想と連想  価値基準の相違からくるコミュニケーションの齟齬 時間
擬人化  サイズ    『モモ』 サルバドール・ダリ 印象的なイメージ

drama覚書

兎穴に落ちる

「地球のどまん中を抜けて落ちていくのかしら。さかさ立ちしている人たちの中に出ちゃったら面白いわ―」

“秘密の庭に通じる小さな戸口”

詩人のT.S.エリオット(1888-1965)が批評家ルイス.L.マーツに語ったところでは、彼が名作『四つの四重奏』(1943)の第一詩篇「バーント・ノートン」の次の詩行(↓)を書いていた時に念頭にあったのがこのエピソードであったのだという。

現在の時間と過去の時間も
ともにおそらくは未来の時間のうちに存在し、
そして未来の時間は過去の時間のうちに。
もしあらゆる時間が永劫に存在するのなら
すべての時間が取り戻すことかなわぬものだ。
そうあったかもしれないものはただ
思弁の世界にのみ永遠の可能性
としてとどまり続ける一個の抽象。
そうあったかもしれないものとそうあったものは
いつも存在する同じ終りをめざす。
足音が記憶に谺(こだま)する、
われらが歩まなかった道に沿い
われらがついに開けなかった戸口に向けて
あの薔薇の園への。

秘密の庭に通じる小さな戸口というモティーフはエリオットにとっては、もし戸が開いたなら生じていた「かもしれない」事象を表わす比喩なのである。

“チェシャー猫のようににやにや笑う”

「チェシャー猫のようににやにや笑う」というヴィクトリア朝時代によく使われていた言い方がどこから出てきたものかについて昔から行われてきた節を二つ。チェシャー州にはにやにや笑うライオンを描いた看板をかかげた宿屋がよくあったという節と、チェシャー名産のチーズが昔は、にやにや笑う猫の形に仕上げられたからとする節がある。

「どっちの方向に行けばいいのか、教えてください」

「チェシャー猫さん。ここから私、どっちの方向に行けばいいのか、教えてください」
「そいつぁ、どこへ行きたいかによるさ」と猫。
「別にどこでもいいんです――」とアリス。
「じゃあ、どっちの方向に行ったっていいさ」*
「もしどこかに行ければ、ってことですけど」と、アリスはひとこと説明につけ加えます。
「そいつぁ大丈夫さ」と猫、「いっぱい歩きさえすりゃあ必ず行ける」

*「汝、もし自らいずくに行きおるか知らぬなら、どの道にまれ、そは汝をかしこに導き行かん」という句がユダヤ律法書『タルムード』中にある。

気がふれた「帽子屋」と「三月ウサギ」

アリスは別の質問を考えます。「このあたりにはどういう方たちが住んでいるんでしょう?」。「あっちの方にはな」と、右の前足でさし示しながら猫が言います、「帽子屋が住んでいる。それからあっちの方には」と左の前足をふって、「三月ウサギが住んでるよ。好きな方のやつを訪ねてみろよ、二人とも気がふれている」*。

「気のふれた人たちのところなんか行かないわ」とアリスはいいました。「そりゃ無理だな」と猫。「ここじゃ、みんな気がふれている。おいらもおかしい。あんただっておかしい」。「私がおかしいってどうして言えるの?」とアリス。「そうじゃないかい」と猫、「じゃなきゃ、こんなところへ来るわけないさ」。

全然理由の説明になっていないとアリスは思いましたが、ことばを続けました。「あなたがおかしいっていうのはどうしてわかるの?」、「まずは、だな」と猫、「犬はおかしくない。だろう?」、「ええ、まあね」とアリス。「次にだな」と猫、「犬は怒っていると喉をウーウー言わせ、うれしいとしっぽをふる、ところがおいらは、うれしいと喉をウーウー言わせ、怒っているとしっぽをふる。かるが故においらは、おかしい」。「それって、喉をウーウーじゃなくて、ゴロゴロ言わせる、って言うんじゃなくって」とアリス。「そう言いたきゃあ、そう言ってもいいさ」と猫。

*気がふれた「三月ウサギ」: 二人の栄光人科学者、アンソニー・ホーリーとポール・グリーンウッドがえんえんと観察を続けた結果を『ネイチャー』誌1984年6月7日号に報告しているが、それによると野ウサギが三月のさかりの時期に凶暴になるという俗説はどうも疑わしいものとなる。八ヶ月にわたる繁殖期の間じゅう、雄は雌を追いかけ回し、あげくはボクシング試合なのだ。三月だけが特に、ということはないのである。エラスムスに「沼のウサギ(marsh hare)のように狂った」という句があるが、これが訛って後世、“marsh”が“March”になったのだと、この二人の科学者は言っている。

三月ウサギを描こうとしてテニエルは頭からワラしべがとび出ている姿に描いた。キャロル自身はそういうことをひとつも言っていないのだが、当時、この狂気のしるしは舞台でも、絵の中でもよく使われた。

*気がふれた「帽子屋」: 「気ちがい帽子屋は水銀中毒だったのか」とは、『ブリテッシュ・メディカル・ジャーナル』誌(1983年12月24日、31号)にH.A.ウォールドロンが載せた記事のタイトルである。ヴィクトリア朝期にはフェルト地を硬くさせるのに水銀が使われたが、これが水銀中毒をもたらし、中毒者は精神にさまざまな異常をきたした。ウォールドロンは、気ちがい帽子屋はこの種の中毒者ではなかったと言っているが、同誌1984年1月28日号誌上でセルウィン・グッデイカー博士ともう二人の医者がこの問題を論じ合っている。

「気ちがい帽子屋」のモデルは誰?

この「気ちがい帽子屋」をキャロルが思いついた時、あるいはテニエルがそれを絵にした時、一体だれをモデルとしていたか、実にあれこれ推測されてきた。

最有力候補はオックスフォード界隈で家具商を営んでいた奇人、シオフィラス・カーターで、シルクハットを手ばなしたことがなかったという。

『ジャバウォッキー』誌1973年冬号に「気ちがい帽子屋はだれだった」という一文を書いたエリス・ヒルマンはサミュエル・オグデン説を唱える。「気ちがいサム」というあだ名を持つマンチェスターの人で、1814年、ロンドンを歴訪したロシア皇帝特注の帽子をつくったらしい。

ヒルマンはさらに、“Mad Hatter”から〔コックニー訛りのように〕 h がとれると“Mad Adder”「気ちがい計算屋〔器〕」というふうに聞こえるはずで、そうなるとキャロルその人も含め数学者のことを言っているのだと解せる。あるいはケンブリッジ大学の数学教授で計算機械の研究に熱中する余り少しおかしくなっていると広く噂されていたチャールズ・バベッジ(1792-1871)なども思い浮かぶ、と書いている。

赤の女王仮説 - 進化論

赤の女王仮説( Red Queen's Hypothesis)は、進化に関する仮説の一つ。敵対的な関係にある種間での進化的軍拡競走と、生殖における有性生殖の利点という2つの異なる現象に関する説明である。「赤の女王競争」や「赤の女王効果」などとも呼ばれる。リー・ヴァン・ヴェーレンによって1973年に提唱された。

「赤の女王」とはルイス・キャロルの小説『鏡の国のアリス』に登場する人物で、彼女が作中で発した「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」という台詞から、種・個体・遺伝子が生き残るためには進化し続けなければならないことの比喩として用いられている。

グリュプス(グリフォン)

Griffinグリフォン(仏: griffon, gryphon)、グリフィン(英: griffin, gryphin)、グライフ(独: Greif)、グリプス(羅: gryps)は、鷲(あるいは鷹)の翼と上半身、ライオンの下半身をもつ伝説上の生物。

グリフォンは、「七つの大罪」の一つである「傲慢(高い自尊心、他人より重要、魅力的になりたいという欲望、賞賛をそれに値する者へ送ることの怠慢、過度の自己愛などを指す)」を象徴する動物として描かれる事もある。

◆「特別研究生」の資格を得たルイス・キャロル

1852年末の数学の試験で、キャロルは「第一級」の成績を納めた。その結果、学部生のときに早くも「特別研究生」の資格を得た。このことが、彼のその後の人生に、大きな影響を及ぼすことになる。この名誉ある身分を得た人物は、生涯、クライスト・チャーチにとどまって、額はわずかだが年俸をもらうことができ、自由な研究を保障されたからである。

キャロルの父、チャールズ・ドジスンも、かつてこの身分を得たことがあった。しかし、彼は他の多くの有資格者たちと同じく、数年でそれを放棄している。「特別研究生」は、聖職の資格をとらねばならないという条件の他に、独身でいることも条件だったからである。

もっとも条件はその二つだけで、他の義務は特になかった。「特別研究生」は、授業や研究をするもしないも、本人の自由にまかされていた。キャロルにとってまさに理想的な条件であり、その後の生涯を通じて、彼はこの資格を放棄することなく、クライスト・チャーチに留まり続けた。

Alice's Adventures in Wonderland  |  Dali

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Frontis Piece

Dali1003 00
Down the Rabbit Hole -兎穴に落ちる

Dali1004
The Pool of Tears -涙の池

Dali1005
A Caucus Race and a Long Tale -コーカス競争と長い尾はなし

Dali1006
The Rabbit Sends in a Little Bill -兎はビルを呼びにやった

Dali1007 03
Advice From a Caterpiller -イモムシは忠告した

Dali1008
Pig and Pepper -ブタとコショウ

Dali1009 02
Mad Tea Party -気がふれ茶った会

Dali1010
The Queen's Croquet Ground -おきさき様のクローケー試合

Dali1011
The Mock Turtle's Story -似而(にせ)海亀は語った

Dali1012
The Lobster's Quadrille -ロブスターのカドリール

Dali1013
Who Stole the Tarts? -だれがパイを盗んだか

Dali1014
Alice's Evidence -アリスは証言した

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コメント

アリスの物語というと
夢の中にいる感覚
時空がいびつに
歪んでいる感覚がある

懐かしさと違和感
ふーむ^^

投稿: nono1 | 2010年4月23日 (金) 21時56分

時間や空間が突如としてゆがみ、
言葉の意味が新しくなり、
論理が組み替えられていく。 ^^

投稿: さくらスイッチ | 2010年4月23日 (金) 22時02分

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