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2009年12月15日 (火)

150『サンタクロース公式ブック クリスマスの正しい過ごし方』 パラダイス山元 初版2007年

「サンタクロースは本当にいるの?」

「目に見えないからいないということにはなりません。
愛や他人への思いやり、真心があるように
サンタクロースもいます」

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xmas著者

パラダイス山元: 1962年北海道札幌市生まれ。1998年グリーンランド国際サンタクロース協会より、アジア地域初の公認サンタクロースとして任命される。カーデザイナーとして活躍した後、「東京パノラママンボボーイズ」でCDデビュー。その後、NHKおかあさんといっしょ「たこやきなんぼマンボ」、ピタゴラスイッチ「ピタゴラジョンマーチ」など、子ども番組の作曲・演奏を数多く手がけるほか、入浴剤ソムリエとしても活躍中。

xmas読むきっかけ&目的&感想

公認サンタクロースの公式ブックがあるというので読んでみた。

さくら好み ★★★☆☆

‘日本のサンタクロース’が書いているので、「キリストの誕生を祝う」という宗教的観点とは違っていて、内容にも馴染み易かった。クリスマスやサンタクロースにまつわる色々、世界のサンタクロースの写真、公認サンタクロースとしての実体験を通して感じたこと色々、クリスマスをモチーフにした映画や音楽の紹介などが、たくさんの写真と共に綴られていて楽しめる一冊だった。

本書を読むと「サンタクロースを信じる」というのは、「親の愛情を信じる(感じる)」というのに通じるんだなと思った。そしてそれは、「サンタクロースを待つ心構え」「サンタクロースを迎える準備」を通じて伝わる心であり、単に「枕元のプレゼント」だけでは伝わらない心なんだという事も分かった。「サンタクロース」って奥が深い。

わたし自身はサンタクロース=両親ということを物心ついた時から教えて貰っていたので、サンタクロースを信じるも信じないもなかったし、それを寂しい事だとも思っていないけど、本書を読むと、「サンタクロースを信じさせる様々な演出」というのはいいもんだなぁ、と思った。happy01

xmas覚書

◆サンタクロースのイメージ誕生

1822年、アメリカの詩人・神学者のクレメント・クラーク・ムーアは、「クリスマスイブ・サンタクロースの訪問」という詩を書きました。そのなかで、8頭のトナカイがプレゼントを持ったサンタクロースを乗せたソリを引っぱって夜空を飛んでいると書き、大評判となりました。トナカイにもダッシャー、ダンサー、プランサー、ピクセン、コメット、キューピッド、ダンダー、ブリッツェンと名前がつけられました。

1931年、画家ハドン・サンドプロムによって描かれた、コーラをおいしそうに飲むサンタクロースの姿がアメリカの「サタデー・イブニング・ポスト」誌上の広告に登場します。以降サンタクロースを待っている子どもがいるアメリカの家では、クリスマスイブの夜、枕元に置いておくミルク・ココアのかわりに、冷蔵庫の中に冷えたコーラを入れておくようになりました。
Cocacolacokenatalchristmasxmassanta

* 1821年、『子供たちのお友達 』(作者不詳)という絵本が出版され、この絵本の中で1頭のトナカイが引くソリに乗ったサンタクロースの姿が描かれた。

* 1822年、ニューヨークの神学者クレメント・クラーク・ムーア(コロンビア大学教授)が病身の子供のために作った詩「聖ニコラウスの訪問」の中で、8頭のトナカイに引かれたソリに乗るサンタクロースの姿が表現された。ただし、この年代ならびに作者については異説がある。次項目参照。

* 1823年、米国トロイの新聞「トロイ・センティネル」に「聖ニコラスの訪問記(クリスマスの前の晩)」という詩が神学者クレメント・クラーク・ムーアの友人の手によって、作者名を明らかにしない形で掲載された。これは長らくクレメント・クラーク・ムーア教授 によるものであると紹介されてきた。一方、2000年のニューヨーク・タイムスの報道によれば、ヘンリー・リヴィングストン・ジュニアが本当の作者ではないか、という説が提示された。

* 1849年、米国コロンビア大学のクレメント・クラーク・ムーア教授名義で「クリスマスの前の晩」が出版され、その挿絵として赤い服を着たサンタクロースがテオドア・C・ボイドによって描かれた。

* 1862年、週刊誌「ハーパーズ・ウィークリー」においてトーマス・ナストが「丸々太ってニコニコ顔」のサンタクロースを描いた。

* 1886年、トーマス・ナストは聖ニコラウスの姿を参考にして、サンタクロースが北極で暮らしている姿を詳細に描いた。

* 1914年、この頃から日本の子供雑誌『子供之友』を中心に、赤い帽子に赤い服を着て太いベルトを腰に巻いた現代とまったく同じイメージのサンタクロースが盛んに描かれるようになった。

* 1920年代、トーマス・ナストが描いたイメージのサンタクロースが、著名な画家ノーマン・ロックウェルに受け継がれた。

* 1923年、東京日日新聞は、「Xマス近づく」との見出しの記事において「坊ちゃん嬢ちゃんに歓迎されるクリスマス・プレゼントは、年々盛んになるばかりだ。」と報じた。同記事の中で、人気のクリスマスプレゼントの一つとして「サンタクロース人形」が取り上げられた。

* 1926年、大正天皇が崩御した日である12月25日が大正天皇祭として新たな祭日にされた(~1947年)。これが日本でのクリスマス普及に大きな役割を果たしたとされる。

◆サンタクロースの住んでいるところ

003 ではサンタクロースは、今どこに住んでいるのでしょう? 20世紀になって、いく度となく話題になりましたが、意外なところに住んでいることが判明しました。世界中の子どもたちの動向を、いつも上から見渡すことができる唯一の場所。それは北極に近いグリーンランド。ニッセと呼ばれるお手伝いの妖精たちと共に移り住んでいたのです。

世界の子どもたちが、サンタクロースからのプレゼントを待ちわびるようになり、年老いたサンタクロースたったひとりでプレゼントを配るのが、限界に達し始めました。そこで、長老サンタクロースを補佐するために、公認サンタクロースが認定されるようになりました。1957年、各国で活動していた公認サンタクロースが、デンマークのバッケン遊園地で初会合を開きました。当初は、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、スペイン、オランダ、ドイツ、イギリスの公認サンタクロースが中心となり、プレゼントについての話から、トナカイの生息地域の環境問題など、さまざまな議題を討議する場所になりました。以来毎年真夏に世界サンタクロース会議が開かれています。

◆「世界サンタクロース会議」の議題

真夏の7月にデンマークの首都コペンハーゲンに公認サンタクロースが集まって行なわれる「世界サンタクロース会議」の議題。

地球の急変に伴うトナカイ生息地の減少による影響、それに伴うプレゼント代替輸送手段の確保

警報装置つき集合住宅における安全な進入経路の事前確認

クリスマスの日を、翌年の1月に移動してはどうか byスペインの公認サンタクロース

長老のサンタクロースが現在住んでいるグリーンランドからだと、南半球の子どもたちの様子がわからないので、NASAの宇宙ステーションに移住していただくのはどうか? byデンマークの公認サンタクロース

日本製の高価なゲーム機はサンタクロースが贈るクリスマスプレゼントとしてふさわしいものかどうか byイタリアの公認サンタクロース

◆ブラックサンタクロース

ドイツでも、よい子の家にはプレゼントを持って赤い服を着たサンタクロースがやってくるのです。しかしふだんお母さんのいうことを聞かなかったり、友達にしょっちゅう意地悪をしていたり、みんなと仲よくできない子どものもとには、クネヒトルプレヒトと呼ばれる黒い服にに身を包み、手には小枝を束ねた鞭を持ったブラックサンタクロースが、クリスマスイブの夜に現れます。

ドイツでは地方にもよりますが、赤と黒のサンタクロースがペアで活動しているのです。よい子にはプレゼントを、悪い子にはお仕置きを!

もうなんてわかりやすいのでしょう。クリスマスを間近に控え、ワクワクする子どもと、ハラハラする子どもにわかれてしまうのです。

 

 

『サンタクロースの旅行計画』
ノーマン・ロックウェル

Santa

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