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2009年11月 4日 (水)

139『女盗賊プーラン』 プーラン・デヴィ 初版1997年

生まれた日が花祭りだったわたしは
プーラン(花)と名づけられた

わたしは敬意を払ってほしかった
「プーラン・デヴィは人間だ」と言ってほしかった

2001年に暗殺されたプーラン・デヴィの自伝

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bomb原題

Moi, Phoolan Devi, reine des bandits (1996) *フランスのフィクソ社企画

bomb概要

1996年のインド統一選挙で、文盲の国会議員が当選した。プーラン・デヴィ。かつては盗賊の女王と呼ばれたインド民衆の英雄である。義賊の女首領、司法取引による投降、そして11年にわたる獄中生活の後に、彼女が国会で目指したものは何か。そして、波乱の人生を駆りたててきた来歴とは、一体どんなものだったのか――。

bomb読むきっかけ&目的&感想

米原万里『打ちのめされるようなすごい本』で紹介されていたノンフィクション。興味を引かれたので読んでみた。

好みの度合 ★★★★

この本がノンフィクションだというのが信じられないほど、想像を遥かに超えた壮絶な人生だ。カースト制が現実社会にもたらしている軋轢に、怒りと恐怖を感じた。

bomb覚書

◆無知というのは飢餓と同じくらい残酷なこと

ものごとがよくわかった人たち、読み書きができて、英語がしゃべれる人たちに、わたしは法廷で嗤われていた。彼らに比べれば、わたしは獣に等しかった。同じカーストの貧しい人たちがみなそうであるように、わからないことにぶつかるとただ驚き、怯えるだけだった。怖いこと、信じられないことから、ひたすら逃げて身を守ろうとする。無知というのは、飢餓と同じくらい残酷なことだと、わたしはこのとき思い知ったのだ。

◆犠牲者になるのはただ貧しいからというだけではない

わたしにはわかってきた。わたしたちが犠牲者になるのは、ただ貧しいからというだけではない。低カーストに生まれたからなのだ。それは、わたしには受け入れられないことだった。

bomb著者

プーラン・デーヴィー(1963年8月10日 - 2001年7月25日)は、インドのダカイトという盗賊から転身した政治家。女性。

1963年8月10日、ウッタル・プラデーシュ州ゴールハー・カ・プールワー村で、小舟を操ることを生業とするマッラー(シュードラのサブ・カースト)の家庭に生まれる。両親の取り決めに従い11歳で結婚したが、年上の夫から虐待された末に婚家から追い出される。後に盗賊団に入り、他の盗賊団との抗争をきっかけに頭目となる。

「盗賊の女王」と称され、多くの強盗と殺人を犯した。しかし、プーラン・デーヴィーを義賊とみなす人々からは広く慕われた。

司法当局とプーラン・デーヴィーに敵対する盗賊団が、プーラン・デーヴィーを捕縛しようと試みたが、プーラン・デーヴィーは容易に捕まらなかった。インディラ・ガンディー政権及びインド警察当局とプーラン・デーヴィーの間で彼女自身と彼女の率いる盗賊団員を死刑から免ずるという司法取引が成立し、1983年、プーラン・デーヴィー(当時20歳)は10,000人が見守る舞台の上で投降した。

プーラン・デーヴィーは裁判を受けることなく11年間投獄されていたが、1994年ウッタル・プラデーシュ州で新たに選出されたポピュリストのムラーヤム・スィン・ヤーダヴ州首相が、検察官に働きかけて彼女に対する訴追を全て取り下げさせたため釈放される。彼女の釈放は、インドで下位カーストに属する人々が団結を強め、政治活動を活発に行い始めたことと時を同じくした。プーラン・デーヴィーの投獄は、当時のインドの公民権運動にとって非常に象徴的な事件となっていたため、ムラーヤム・スィン知事による恩赦に影響を与えた可能性がある。

1996年、釈放に尽力したサマージワーディ(社会主義者)党から、プーラン・デーヴィー(当時33歳)は国会議員選挙に出馬し当選、国会議員となる。

2001年7月25日、ニューデリーの自宅前で射殺される(享年38)。逮捕されたシェール・シン・ラーナー容疑者は暗殺の動機について、ベヘマイー虐殺事件の報復であると自白したが、警察当局は信用し難いとしている。

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