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2009年9月 6日 (日)

114『村上春樹『1Q84』をどう読むか』 河出書房新社編集部 (編さん)  初版2009年

『1Q84』 発売日 2009年5月29日
1Q84』をどう読むか』 発売日 2009年7月22日 

膨大な言説が行き交う前の短い空白の間に書かれた
35人の著者による35の論考
 flair

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pencil概要

2009年のベストセラー、村上春樹『1Q84』の賛否を問う。今を代表する35人の論客が、様々な角度から村上春樹の「1Q84」を照射し作品の謎を紐解く。

pencil読むきっかけ&目的&感想

『1Q84』が意外に面白かったので、他人がこの小説のパラレルワールド的な世界構成をどう読んだか、メタファーをどう読み解いたかに興味が湧いたので読んでみた。

さくら好み ★★★☆☆

気軽に読めるこういった本(35人の論考)があるのはイイ。売れてる本ならではだね。「あ~、やっぱりそう読めるんだ~」と思える言説もあって面白かった。

pencil覚書

・ふかえりと結ばれた天吾 ・・・ レシヴァふかえり(ドウタ)、パシヴァ天吾。

・天吾の父親 ・・・ パシヴァ=宗教団体「さきがけ」のリーダー=ふかえりの父親。

・天吾の前に現れた空気さなぎの中に居た10歳の少女青豆 ・・・ 青豆は‘天吾のドウタ’。

*見かけに騙されてはいけない、世界は一つだ ・・・ 「月が一つの世界(こちら側)」と「月が二つの世界(あちら側)」は、実は同じ一つの世界。=相反すると思われている世界が、世の中にはある。こちら側とあちら側だったり、資本主義と社会主義だったり、無神論者と信者だったり、現実と虚構だったり、「システム」と「卵」だったり、色々ある。しかし、違う概念の世界に住んでいても、空間としては同じ世界に住んでいる。そして、「こちら側の世界」と「あちら側の世界」の境界線はハッキリしたものではない。

・1Q84年 月が二つある世界 ・・・ ふかえりの「空気さなぎ」を天吾がリライトして出現した世界。天吾自身の小説を書き始めて出現した世界。

・青豆を探す決心をする正吾 ・・・ 青豆は天吾の小説の登場人物=青豆は作家天吾の分身(ドウタ)。青豆の自殺=天吾の小説内の出来事。義父との関係性を含めた未熟さからの脱皮を象徴。

・決まった姿を持たないリトルピープル ・・・ ‘システム’。「私たちは皆、程度の差こそあれ、高く、堅固な壁に直面しています。その壁の名前は『システム』です。『システム』は私たちを守る存在と思われていますが、時に自己増殖し、私たちを殺し、さらに私たちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させ始めるのです。」 村上春樹のエルサレム賞受賞スピーチ

・小説「空気さなぎ」 ・・・ リトルピープルに対する抗体=システムに対抗。「以前、村上春樹はオウム真理教事件に強い衝撃を受けたと語っていました。 また、オウム真理教において麻原彰晃が語った強力な物語に抵抗するような物語、原理主義尾的なカルトが語る物語に対抗するような物語を紡いでいかなければならないし、それが自分という小説家の責務だと言っていた」

・青豆 ・・・ カルトの被害者であり加害者=壁を内包する卵。「もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます」 村上春樹のエルサレム賞受賞スピーチ

・ichi-kew-hachi-yon ・・・ "kyū"ではなく"kew"。英単語"kew"の発音は"cue"と同じ。 K.E.W = Kinetic-Energy Weapon = 運動エネルギー兵器、すなわちイラン・イラク戦争においても米軍が使用した劣化ウラン弾などの一呼称。

・ふかえり ・・・ 綾波レイ(新世紀エヴァンゲリオン)、長門有希(涼宮ハルヒの憂鬱)。

・24の章構成 ・・・ バッハ「平均律クラヴィーア曲集」長調と単調のフーガが交互に奏でられる(長短24調x2巻)に倣っている。小説はこれで完結。

・オウム ヤマギシ エホバ  マトリックス的な遺伝子世界

pencil著者

加藤典洋 (1948年4月1日 - )は、日本の文芸評論家、早稲田大学教授。

内田樹 (1950年9月30日 - )は、日本の思想家、エッセイスト、元フランス文学研究者、元翻訳家、大学教員である。

森達也 (1956年5月10日 - )は、日本のドキュメンタリー映画監督、テレビ・ドキュメンタリー・ディレクター、ノンフィクション作家。早稲田大学客員教授、明治大学客員教授。

島田裕巳 (1953年11月8日 - )は、東京都出身の宗教学者・作家・劇作家。

川村湊 (1951年2月23日 - )は文芸評論家、法政大学国際文化学部教授。

沼野充義 (1954年6月8日 - )は、日本の文学研究者。東京大学人文社会系研究科教授。専門はロシア・ポーランド文学。現代日本文学にも詳しく、その文芸評論は文芸誌・新聞などでしばしば見られる。現在、現代文芸論研究室に所属。

四方田犬彦 (1953年2月20日 - )は、大阪府生まれの比較文学者、映画史家である。

斎藤環 (1961年 - )は、精神科医、評論家。専門は思春期・青年期の精神病理学、病跡学。

新元良一 1959年兵庫県生まれ。文筆家。京都造形芸術大学准教授。同大学にて芸術表現・アートプロデュース学科クリエイティブ・クライティング・コースを担当。

安藤礼二 (1967年6月 - )は、日本の文芸評論家、多摩美術大学芸術人類学研究所所員、美術学部芸術学科准教授。

五十嵐太郎 (1967年 - )は、日本の建築史家、建築評論家。工学博士。

平井玄 音楽評論家。1952年東京生まれ。音楽・思想・社会等幅広い領域を独自の視角で論じる。

上野俊哉 (1962年 - ) は、批評家、和光大学教授。専攻は、文化研究、メディア研究。

大森望 (1961年2月2日 - )は、翻訳家、評論家。高知県出身。× 豊崎由美 (1961年 - )は、フリーライター、書評家。

永江朗 フリーライター。1958年5月9日生まれ。

清水良典 (1954年 1月17日- )は、奈良県生まれの文芸評論家。愛知淑徳大学文化創造学部教授。

岩宮恵子 島根大学教授。専門は臨床心理学。

石原千秋 (1955年 11月30日- )は、日本の近代文学研究者。

小沼純一 (1959年8月13日 ‐ )は、東京都生まれの音楽・文化批評家・音楽文化論評論家・詩人。現、早稲田大学文学学術院教授。

鴻巣友季子  (1963年7月15日 - )は、翻訳家、エッセイスト。

武田徹  (1958年9月27日 - )は、評論家、ジャーナリスト。

鈴村和成 (1944年3月22日 - )は、フランス文学者、文芸評論家、横浜市立大学教授。

越川芳明  (1952年4月10日 - )は、日本のアメリカ文学研究者、翻訳家、映画評論家。

佐々木敦  1964年生まれ。映画評論家としての著作もあるが、近年では専ら音楽批評家として活動する傍ら、ミュージシャンの招聘や数々のイヴェントを開催し、また自ら音楽雑誌『FADER』を編集・発行。

千野帽子  文筆家。元クラブDJ。パリ第4大学ソルボンヌ校博士課程修了。「探偵小説研究会」会員。

栗原裕一郎  評論家。1965年神奈川県生まれ。

水越真紀 フリーライター。1962年生まれ。

可能涼介  (1969年 - )は、日本の戯曲家。Web雑誌『キャロル(仮)』編集・発行人。

小澤英実 1977年生まれ。2007年10月から東京学芸大学教育学部の専任講師。専門はアメリカ文化、現代日米演劇。

速水健朗  フリーランス編集者・ライター。主にディスコや映画の研究をしているブロガー。

円堂都司昭  1963年4月8日生まれ。文芸・音楽評論家。id:ending 音楽評論では主に遠藤利明名義を用いる。

佐々木中 1973年生。東京大学文学部思想文化学科卒業、東京大学大学院人文社会研究系基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程修了。博士(文学)。専攻は哲学、現代思想、理論宗教学。

竹内真 小説家。1971年生まれ。

上田麻由子 (1975年10月17日 - )は、TOKYO FM 報道・情報センターのアナウンサー。

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pencil追記

1Q84wiki

地下鉄サリン事件について『アンダーグラウンド』と『約束された場所で』に書いた後も、裁判の傍聴を続け、事件で一番多い8人を殺し逃亡した、林泰 男死刑囚に強い関心を持ち、「ごく普通の、犯罪者性人格でもない人間がいろんな流れのままに重い罪を犯し、気がついたときにはいつ命が奪われるかわからな い死刑囚になっていた――そんな月の裏側に一人残されていたような恐怖」の意味を自分のことのように想像しながら何年も考え続けたことが出発点となった。

「原理主義やある種の神話性に対抗する物語」を立ち上げていくことが作家の役割で「大事なのは売れる数じゃない。届き方だと思う」

「僕が今、一番恐ろしいと思うのは特定の主義主張による『精神的な囲い込み』のようなものです。多くの人は枠組みが必要で、それがなくなってしまう と耐えられない。オウム真理教は極端な例だけど、いろんな檻というか囲い込みがあって、そこに入ってしまうと下手すると抜けられなくなる」

「物語というのは、そういう『精神的な囲い込み』に対抗するものでなくてはいけない。目に見えることじゃないから難しいけど、いい物語は人の心を深く広くする。深く広い心というのは狭いところには入りたがらないものなんです」

悪とは個人的なものなのか、あるいはシステム単位のものなのか? (『約束された場所』より)

ふたつの考え方があると思うんです。ひとつは会社というのはこっち側のシステムであり、そこには一種宗教的な色彩さえある。こういう言い方をすると 問題があるかもしれないけど、そこにはある意味ではオウム真理教のシステムと通底している部分があるかもしれない。実際に被害者のサラリーマンの中には、 自分だって同じ立場だったら命令を実行していたかもしれないと告白した人も何人かいました。

もうひとつは「いや、それはぜんぜん違うものだ。こちらのシステムはあっちのシステムとは異質なものだ。一方が他方を包含して、その間違った部分を癒していけるんだ」という考え方です。僕はその二つのどっちだとも、まだいまのところ簡単には言えません。

それにはまず悪とは個人的なものなのか、あるいはシステム単位のものなのかというところからはっきりさせていかないといけない。僕はこの『アンダー グラウンド』を書き上げてから、ずっとそのことを考えてきたんです。悪とは何か? まだわからないですね。この問題を追及していけば、どこかの地点でそれ がぼんやり見えて来るんじゃないかという気はしているんですが。

pencil追記2009.09.17 村上春樹インタビュー

村上春樹氏:「1Q84」を語る 単独インタビュー(1) 「来夏めどに第3部」
村上春樹氏:「1Q84」を語る 単独インタビュー(2) 個人を二重に圧殺
村上春樹氏:「1Q84」を語る 単独インタビュー(3止) 物語の「善き力」を

 --『1Q84』は現在、2巻とも18刷を重ね、「BOOK1」が123万部、「BOOK2」が100万部と、ミリオンセラーを記録。複数の研究本が出版されるなど、驚異的な反響を巻き起こした。

 「僕の固定読者は、長編で約15万~20万人いると自分では考えています。それくらいだと、自分の発信したものがそれなりに受け止められていると いう手応えがある。50万、100万となっちゃうと、どんな人が読んで、どんな感想を持っているかはなかなか見えないですよね」

 --ジョージ・オーウェル『1984年』(49年)に由来する謎めいたタイトルも魅力的だが、これには秘話がある。

 「最初は『1985』にするつもりでした。でも、執筆中に、オーウェル作品を映画化したマイケル・ラドフォード監督と話していて、英作家アンソ ニー・バージェスが『1985』という作品を書いていたのに気がついた。いろいろ考えた末に『1Q84』に変えて書き上げたあと、インターネットで調べた ら、浅田彰さんがやはり同じ題で音楽カセット付きの本を出されていると分かりました。もうゲラ校正を進めている段階だったので、浅田さんにお知らせしまし た。という紆余曲折があるんです」

 --刊行から3カ月余り。この間、なされた批評について聞くと……。

 「全く読んでいません。いつも読まないんだけど、特に今、『BOOK3』を書いているから。まっさらな状態で執筆に集中したいから。1、2を書き 上げた時はこれで完全に終わりと思っていたんです。バッハの『平均律クラヴィーア曲集』をフォーマットにしたのは、もともと2巻で完結と考え、そうしたわ けです。でもしばらくして、やっぱり3を書いてみたいという気持ちになってきた。これから物事はどのように進んでいくのだろうと。時期的にはなるべく早 く、来年初夏を目安に出すことを考えています」

 --主人公は、ともに30歳で独身の「青豆」という名の女性、「天吾」という男性の2人。物語が進むにつれ、両者の思わぬ関係が次第に明らかにな る。普段はスポーツインストラクターとして働き、許しがたい家庭内暴力を振るう男をひそかに「あちらの世界に送り込む」仕事にも手を染める青豆は、従来の 村上作品にないキャラクターだ。

 「昔は女性を描くのが苦手でしたが、だんだん自由に楽しく描けるようになってきました。青豆もその延長線上にあるので、特に意識して造形したので はありません。それに、現代は女性のほうがシャープで大胆だし、自分の感覚に対して自信を持っているから描きやすい。男はどうも最近元気がないし(笑 い)、強い男を描くことは難しくなりつつあるかもしれない。いずれにせよ、少しずつでもいいから描く人物の幅を広げて、物語を刺激していきたいと考えてい ます」

 --舞台の80年代は、大学紛争などで揺れた60~70年代や、冷戦構造が崩壊した90年代に比べ、穏やかにも見える。全共闘世代の一人として「政治の季節」を経てきた作家は、なぜこの時期に注目したのか。

 「僕らの世代の精神史が大前提にあります。カウンターカルチャーや革命、マルクシズムが60年代後半から70年代初めに盛り上がって、それがつぶ され、分裂していきます。連合赤軍のようにより先鋭的な、暴力的な方向と、コミューン的な志向とに。そして連合赤軍事件で革命ムーブメントがつぶされた後 は、エコロジーやニューエイジへ行くわけです。連合赤軍に行くべくして行ったと同じ意味合いで、オウム的なるものも生まれるべくして生まれたという認識が あります。オウムそのものを描きたかったのではなく、われわれが今いる世界の中に、『箱の中の箱』のような、もう一つの違う現実を入れ込んだオウムの世界 を、小説の中に描きたかった」

 --『1Q84』では、人々はいつの間にか「1Q84年」の世界へ移っていく。そこには連合赤軍を思わせる「あけぼの」、オウムを思わせる「さきがけ」といった集団が登場する。

 「偶然の一致ですが、オウムが最初に道場を開いたのは84年です。60年代後半の理想主義がつぶされた後の80年代は、オイルショックとバブル崩 壊の間に挟まれた時代であり、連合赤軍事件とオウムの間に挟まれた時代。非常に象徴的だと思う。そこには60年代後半にあった力が、マグマのように地下に あって、やがてはバブルという形になって出てくる。バブルは、はじけることによって結果的に戦後体制を壊してしまう。そうした破綻(はたん)へ向けて着々 と布石がなされていたのが80年代です。理想主義がつぶされた後に、何を精神的な支柱にすべきかが分からなくなった。今もある混沌(こんとん)はその結果 なんですよ」

 --95年の地下鉄サリン事件の被害者らに取材し、『アンダーグラウンド』などのノンフィクションも書いた。今年2月のエルサレム賞授賞式での講演では、個人の魂と対立する「システム」について語った。

 「個人とシステムの対立、相克は、僕にとって常に最も重要なテーマです。システムはなくてはならないものだけど、人間を多くの面で非人間化してい く。サリン事件で殺されたり傷を負わされたりした人も、オウムというシステムが個人を傷つけているわけです。同時に、実行犯たちもオウムというシステムの 中で圧殺されている。そういう二重の圧殺の構造がとても怖いと思う。自分がどこまで自由であるかというのは、いつも考えていなくてはならないことです」

 --宗教も革命思想も、「システムの悪」を発動し得るという面は共通する。

 「今の社会では非寛容性、例えば宗教的な原理主義や、旧ユーゴスラビアのようなリージョナリズム(地域主義)が問題になっています。昔は共産主義 対資本主義とか、植民地主義対反植民地主義といった大きな枠組みでの対立だったのが、だんだんリージョナルなもの、分派的なものになって、それが全体を見 通すことが困難な混沌とした状態を生み出しています」

 --『1Q84』に、破壊的な力を持つ「リトル・ピープル」という不思議な存在が現れる。

 「リトル・ピープルがどういうものか、善か悪か、それは分からないけれど、ある場合には悪(あ)しき物語を作り出す力を持つものです。深い森の中 にいるリトル・ピープルは善悪を超えていると思うけれども、森から出てきて人々にかかわることによって、ある場合には負のパワーを持つのかもしれません」

 --とはいえ、善悪や価値観の対立を、単に相対化する姿勢が示されているのではない。

 「僕が本当に描きたいのは、物語の持つ善き力です。オウムのように閉じられた狭いサークルの中で人々を呪縛するのは、物語の悪しき力です。それは 人々を引き込み、間違った方向に導いてしまう。小説家がやろうとしているのは、もっと広い意味での物語を人々に提供し、その中で精神的な揺さぶりをかける ことです。何が間違いなのかを示すことです。僕はそうした物語の善き力を信じているし、僕が長い小説を書きたいのは物語の環(わ)を大きくし、少しでも多 くの人に働きかけたいからです。はっきり言えば、原理主義やリージョナリズムに対抗できるだけの物語を書かなければいけないと思います。それにはまず『リ トル・ピープルとは何か』を見定めなくてはならない。それが僕のやっている作業です」

Bks

pencil追記2009.09.30,10.01 村上春樹インタビュー

『1Q84』をめぐる冒険:村上春樹氏インタビュー/上

 話題の新作『1Q84』の第3部を執筆中という村上春樹さんに今月上旬、1年ぶりで長時間、話を聞くことができた。17日朝刊で主な内容を報じたが、デビュー30年を迎えた作家がこの長編で、いくつもの課題に挑んでいるのを知った。さらなる高みを目指す村上さんの発言を、2回に分けて紹介したい。【大井浩一】

◆並立する視点、初めて三人称で ひかれる19世紀小説の精神

 ★打楽器奏者のように

 5月に刊行された『1Q84』第1、2部(新潮社・各1890円)は、いずれも2人の主人公、女性の「青豆」の章と男性の「天吾」の章が交互につづられる。二つの世界を並行して描く物語の構造は、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(85年)以来、村上作品によく見られる。その理由を、村上さんは「一人だけの視点でずっと書いていると煮詰まって飽きちゃうんです」と説明した。

 「頭を分割して、右と左で違うことをやるのが僕は好きです。一つに集中してやるよりは、自分を二つに分けて、互いに対話させながら物事を進めていくのが。打楽器奏者は右と左で全く違うリズムを取りながら、それらが一つになると複合的な、深いリズムが出てくる。それに似た感じでしょうか」

 『1Q84』では、予備校の数学講師である天吾が、まさにそういう能力を持つ人として描かれている。「僕の書くものは、いわば『反私小説』の典型ですね。私小説は私という一つの視点が定まったまま進んでいきますが、僕は違う視点を同時進行させて、物語に揺さぶりをかけたい」

 ただし、今回は視点の取り方にも「一つの挑戦」があったと話す。「初めて二つの視点を、ともに三人称で書いた。『世界の終り』の場合は『僕』と『私』という一人称の並立だし、『海辺のカフカ』(02年)では一人称と三人称の並立です。今回は初めての三人称の並立で、これは一つの到達点と言えるかもしれない。一人称から三人称へ移行していくことが、僕の中での大きな流れだったから」

 初期作品の語り手「僕」は、読者にとって村上文学のイコンともいうべき重みがあった。それだけに人称をめぐる変化は重要な意味を持つ。「結局30年かけて、『風の歌を聴け』の『僕』の地点から、分裂させた三人称の地点に来た。長い道のりだったなと思います。一人称であれば一人の人間の視点から、何を思い何を感じるかという意識で書いていける。でも、三人称で書くには、僕は『神の視点』と言っているけど、いろんなものを同時的に総合的に見なくてはいけない。たとえば登場人物の名前も必要になるし、キャラクターの成り立ちもはっきりさせなくてはいけないし、それぞれの人物がそれぞれの魂を持ち、論理と哲学を持って動いていかなくてはいけないし。そういう意味では、書くものが前よりも広がりや奥行きを持ってきたという気はします」

 ★ラディカルな『悪霊』

 『1Q84』にはドストエフスキーやチェーホフ、ディケンズら、世界の文豪のさまざまな作品が顔を出す。まず、タイトルのもとになったジョージ・オーウェルの近未来小説『1984年』について聞くと……。

 「オーウェルが『1984年』を書いた49年は、僕が生まれた年なんですよね。ただ、『1984年』は昔読んで、特に感銘は受けなかった(笑い)。今回の執筆に際しても読み返してみましたが、小説としてはそれほど楽しめなかったですね。作中に出てくる『ニュー・スピーク(新語法)』、『ビッグ・ブラザー(偉大な兄弟=独裁者の名)』といったトピックは、その時代においては鮮やかに示唆的だったと思いますけど」

 最も偉大な作家として敬意を払ってきたドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』も引用されている。「『カラマーゾフの兄弟』は好きで、5回は読んでいますが、読むたびに印象が変わるので面白い。亀山郁夫さんの新しい訳でも読みましたが、従来の訳とは全然雰囲気が違って楽しかったです」

 ところで、『1Q84』は革命思想が背景になっている点、『悪霊』に近いのでは?

 「そうかもしれないですね。『悪霊』も好きです。『悪霊』は最初の100ページぐらいまで読んでも、誰が主人公なのか全然分からない。あんなラディカルな小説はありません(笑い)」

 さらに、ドストエフスキーやディケンズらの19世紀小説にひかれる理由を、「変わった人物がやたらに多く出てきて、変なことがいっぱい起こってという、何もかも詰め込んだみたいな小説が好きなんです」と話した。

 周到に構築される村上作品自体は、19世紀小説とは「ちょっと違う」が、「本来の小説の持つ面白さ、とにかく書きたいように書いていくという自発的な、ある時には乱暴な精神にはひかれる」とも語った。「もともと僕は筋書きを考えないで頭から書いていくタイプだから、物語の自由な自然な進行というのはすごく大事になってくる。頭から順番に最後まで書いていくというとみんな信用しないけど。伏線なんかも特に考えなくても、知らないうちにあとで効いてくるんです」

 『1Q84』も、初めから青豆と天吾の話を交互に書いていったと聞くと、驚くが、「一人だけの視点で書いていると飽きてしまう」という話にもつながる。自然な構築性--この一見矛盾した特質が、奥の深い物語の秘密なのかもしれない。 <毎日新聞 2009年9月30日 東京夕刊>

『1Q84』をめぐる冒険:村上春樹氏インタビュー/下

◆若者の孤独感は時代を超え不変、自分の周り考えれば世界に通じる

 作家の村上春樹さんが2月、イスラエルの文学賞「エルサレム賞」を受賞した際の記念講演「壁と卵」は大きな反響を呼んだ。イスラエル軍のガザ攻撃に対する「批判的な見解」を含む内容だったためだが、そこには「システムと個人の魂の相克」という新作『1Q84』と共通するテーマがあった。

 ★創作は宗教的行為

 講演で村上さんは、浄土宗の僧侶で昨夏亡くなった父親が、先の戦争の死者にささげた祈りの姿に言及した。宗教に寄せる作家の深い関心と、生い立ちとの関係について、次のように答えてくれた。「父親の実家が京都の寺院だったから、よくそこに行っていたし、そういう環境、(寺院の)においや音、風景は体に染みついているけど、どうでしょうね。それはあくまで自然なことだったから、僕には分からない。特に何かを強制されたわけでもないし」

 「僕にとって書くことは自分の魂と向き合うことです。ずうっと心の底まで下りていって、自分の魂の中にあるものと直面し、また帰ってきて、それを文章に置き換えていく。これは広い意味においては宗教的行為に似ているかもしれない。小説家は、自分の小説の世界にあるいろんな物事を一つ一つ決定しなくてはいけない。それは自分自身を検証していくことでもあります」

 『1Q84』の第1、2部では、心理学者・精神医学者のユングの思想や、人類学者フレーザーの『金枝篇(きんしへん)』が登場人物によって参照される。これに注目して「王殺し」などを論じる批評も目立ったが、「僕はただ話の流れのままに書いているのであって、そういうふうに言われても、まあそうかなと思うしかない」と話した。「(小説の)テキストはオープンだというのが僕の信条です。テキストを提供するのは僕の仕事だけど、それをどうとらえ、そこからどんなものを生産していくかは本を読んだ人の自由だし、僕がとやかく言うことではない。『それはちょっと引っ張りすぎじゃないの?』と言いたい時もありますけど(笑い)」

 執筆のうえで、精神医学的な観点と並ぶ重要な契機として、「音楽」を挙げたのも興味深い。「ものすごくいい音楽を聴いて、そこから学ぶもの、受け取るものは、僕の場合とても大きいですね。目に見えるものは整合的に人をひきつけるけれども、僕はむしろ目に見えないものから学ぶことの方が多いように思う」

 ★物語に置き換えて

 ドメスティックバイオレンス(DV)や家族の崩壊など、『1Q84』の背景には、現代社会の問題が影を落としている。しかし、村上さんは「今、社会がどういう問題を抱えているか、リアルには分からない」と語った。「僕はもう60歳だし、机に向かってただ文章を書いているだけです。若い人と話す機会もないし、社会との接触はだんだん希薄になっています。だから、僕としては自分自身を、あるいは自分の周りのことを深く考えていくしかありません。自分の周りの10メートル、20メートル以内のことを一生懸命考えれば、世界のことに通じていけるのではないかと思っています」

 「なぜかと言えば、今の若い人が直面している問題は、もちろん表層的、現象的には以前とは違うかもしれないけれども、本質はそんなには変わらないからです。(『1Q84』の主人公である)青豆と天吾は一種の『孤児』ですが、その孤児性は僕の時代でも今の時代でも変わりない。もっと言えば、19世紀のディケンズの時代だって変わりありません。今、『派遣切り』について社会的に疎外された孤独感が問題になりますが、それは産業革命の時にもあったことです。逆に言えば、今僕らは新しい産業革命の中にいて、僕ら自身のディケンズを求めているとも言えます」

 とはいえ、村上作品の読者は、今まさに目前にある問題が描かれていると感じる。「もしそういうことが言えるとしたら、僕が自分の底の方まで下りていって言葉を見つけようとするから、現象的にではなくて、深いところで通じ合うんじゃないでしょうか。たとえば僕らの世代は、いいか悪いかは別として、理想主義というものを強い、鮮やかな形で持つことができた世代だし、その記憶、感覚を伝えることには意味があると思う。ただ、それは、物語という形に置き換えて伝えなくてはならない。それをただ現象的にやっちゃうと、『全共闘のころはみんな燃えていた』みたいなうわべのお話になってしまう。物語に置き換えて、底の部分から立ち上げていくからこそ力を持ち、メッセージとしても伝わるのではないかと思っているんです」 【大井浩一】 <毎日新聞 2009年10月1日 東京夕刊>

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< 『1Q84』、関連本 >

108 『1Q84 BOOK1,BOOK2』 村上春樹 初版2009年

114 『村上春樹『1Q84』をどう読むか』 河出書房新社編集部 (編さん)  初版2009年

125,126 『アンダーグラウンド』 初版1997年、『約束された場所』 初版1998年 村上春樹

148 『一九八四年[新訳版]』 ジョージ・オーウェル 初版2009年

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