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2009年6月 1日 (月)

097『マンゴーの木 ~伝説の魔法使いをめぐる運命の輪~』 山田真美 初版1998年

ご存知ですか インドに古くから伝わる『マンゴーの木』と呼ばれる魔法を
これは 数あるインドの古典魔術のなかで
最も芸術性が高く 技術的にも難解で 若い後継者が育たないことから
今や絶滅の危機に瀕しているストリート・マジックの一つです

雨後のたけのこのように林立しはじめた高層ビル
中産階級以上の人は片っ端から携帯電話を持っているし
Eメールも常識になりつつある
すべての古い価値観が音をたてて崩れ去ってゆく時代
すべてのことは このまま記憶の片隅で薄れてゆくはずだった・・・

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bud概要

たった今、地面に埋めた種が、ニョキニョキ伸びて実をつけるまでに成長する…。そんな魔法使いの噂を聞いたばっかりに、インドという名の底なし沼にすっかりハマってしまった著者。世にも不思議な幻の古代魔術を求め続けて9年。夢にまで見た魔法使いには、果たして本当にめぐり逢えるのか? インド在住の著者が体験した嘘のような本当の物語。

bud読むきっかけ&目的&感想

インド関連の本を探していて知った一冊。題材が「幻の魔法使い」という如何にも「神秘の国インド」らしいものであると云う事、出版が1998年で1991年の市場開放後のインドでの経験であると云う事、現地で暮らしている日本人女性が書き記していると云う事、など等に惹かれて読んでみたくなった。

さくら好み ★★★★☆

著者の目を通して描かれる等身大のインド人たちは、とてもパワフルで生き生きとしていた。著者自身もパワフルで、好奇心に溢れ、機知に富む女性だった。何とも魅力的な一冊だった。shine

bud覚書

◆「何でもあり」のインド

「何でもあり」を別の言葉で表現すると、インド人には「一般常識」とか「普通」と呼ばれる感覚が、そもそも欠落しているという意味だ。そりゃそうであろう。インドでは長いこと、カースト制度によって生まれつき身分の上下が定められていた。貧富の格差、教育程度の格差など、あらゆる格差が当たり前だったこの国で、一体誰が「普通の人」になり得ただろうか。この国には「普通」もないし、同時に「異常」もない。だから、いつどこで何が起こっても、インド人は驚かない。

「何でもあり」のわかりやすい実例を、いくつか挙げよう。

インドの野党第一党である国民会議派の党首、ソニア・ガンジー(故ラジーブ・ガンジー首相の未亡人)は、こともあろうにイタリア女性で、ヒンディー語もあ まり上手ではない。しかも政治に関してはどシロウトとの噂だが、なぜか国民の支持は絶大で、「党首になってほしい政治家」のアンケートでは常にトップにラ ンキングされている。

新聞や水筒の中身は、たとえそれが赤の他人の持ち物でも、断りもなしに勝手に読んだり飲んだりして構わない。特に乗り物のなかでこの傾向は顕著。ただし、水筒の飲み口にじかに口をつけるのは反則。

後続の自動車が前方の自動車を追い越したいときは、ただやかましくブーブーとクラクションを鳴らし続けて前の車をどけるのが、正しい交通マナー。この国には騒音規制はおろか、騒音という概念すらないらしい。

インド人は自分が悪いことをしても謝罪せず、人から金品などもらっても滅多にありがとうを言わない。私がヒンディー語を習った先生も、常々こう言っておられた。「ワシは生まれてこのかた、ただの一度も『ゴメン』や『アリガトウ』を言ったことがない。アンタもインド人並みの正しいヒンディー語を喋れるようになりたければ、こういう言葉は使わんよう注意しなさい。それがインドの文化というものじゃ」

インド人は一般に金払いが悪く、電気代・電話代・水道代などは、請求書が来てもなるべく払わないで済ませる。例えばニューデリーでは、電気使用量全体の六割以上が半永久的に滞納されている。盗電、停電は日常茶飯事。そのうえ電話回線の故障も多いので、中流階級以上の人の多くは自家用発電機と携帯電話を持っている。

昨日を意味するヒンディー語も、明日を意味するヒンディー語も、どちらも「カル」という同じ単語で表される。前世や来世、輪廻転生を信じるインド人にとっては、昨日(過去)も明日(未来)も同じようなものらしい。

・・・・・とまあ、三百六十五日、朝から晩までこんな調子でわけのわからないことが起こり続けるのが、インドという国なのだ。となれば、お役人が初対面の外国人に二度の投獄歴を持つジャーナリストを紹介するぐらい、驚くには値しないことなのだろう。

◆ヒンドゥー教徒のタブー

インド人、特にヒンドゥー教徒にとって、離婚や再婚は筆舌に尽くしがたいほどのタブーである。聖なる牛を殺して食べるのと同じか、それ以上にひどい悪徳行為である。ちなみに、私のこれまでの交友関係のなかで、離婚歴のあるインド人など一人もいなかった。

心の中の本音はともかく、システム上の建前としては、ヒンドゥー教徒は生涯を通じて一夫一婦制を死守しようとする。「何でもあり」の大原則が唯一通じない超コンサバな領域、それがインド人の結婚なのだ。

それなのに、ああそれなのに、イダマルク家の玄関を入ってわずか十分のあいだに私が見聞きしたものと言ったら、異宗教間結婚、国際結婚、離婚、再婚、別居婚、それに混血児と、インドの結婚システムのなかで生まれ育った者が聞けば、泡を吹いて卒倒しそうなほど衝撃的な話のオンパレードではないか!

◆「ありゃりゃ!」

何か思いがけないことに遭遇して驚いたようなとき、日本語では「ありゃりゃ!」という叫び声をあげることがあるが、マラヤム語(南インドのケララで使われている言語)でもやはり「アリャリャ!」(または「アイヤイヤ!」)と言う。

この語源を調べてみたところ、意外な事実がわかった。「アリャ」はアーリアが詰まった音であり、もともとはアーリア民族を指しているらしいのだ。

アーリア民族とは、紀元前一六〇〇年頃にインドに侵入し、先住民族であるドラヴィダ民族を蹴散らしてインド亜大陸に住みついた、戦闘的かつ男性的な集団である。言語学的にはヨーロッパに近く、ドラヴィダ民族に比べて肌の色はぐっと白く、目鼻立ちが整って端正な顔立ちをしている。

一方、先住民族であるドラヴィダ民族は、非戦闘的な農耕型の母系集団であったため、武力の点では遥かに侵略者に劣った。アーリア民族の侵略を受けると、ドラヴィダ民族はそれまで住んでいた北インドから命からがら逃げ出し、南インドまで落ち延びて、それ以前から南インドに定住していたドラヴィダ民族ともども、そこを安住の地としたらしい。

ドラヴィダ民族にとってのアーリア民族は、恐怖の侵略者であると同時に、新しいモノをたくさん知っている“知識人”でもあったようだ。アーリア人は数多くの文化を南に伝えたが、そのなかで特にケララの民衆に大きな影響を与えたのは、北インドで新しく生まれた宗教、すなわち仏教である。

仏教がアーリア人によってもたらされた事実に因んで、ケララの人たちは仏教の開祖であるお釈迦様本人を「アーリア」と呼ぶようになった。そして、アーリアの音が詰まって口語的になったものが「アリャ」である。

つまり、「アリャリャ!」は「アーリア! アーリア!」であり、本来の意味は「お釈迦様! お釈迦様!」だったのだ。

ちょうど英語圏の人が何かに驚いた時などに「オー・マイ・ゴッド!」と叫ぶのと同様に、ケララの人たちも、何かに驚いた時は無意識のうちに仏の名を呼んでいるのだ。今日ではもう、実際には仏教は見る影もないほど衰退してしまっているにもかかわらず。

私たち日本人が、意味も考えずに使っている「ありゃりゃ!」という意味不明の感嘆詞も、案外南インドから伝わってきた言葉かもしれないのである。

◆マジック・コンテスト“ヴィスマヤム’98”審査員依頼の資料

「SC」と「ST」は、それぞれ「スケジュール・カースト」「スケジュール・トライブ」の略語で、どちらもインドの旧弊的な身分制度における、被差別階級出身者のことである。

SCやSTの指定を受けた人たちは、今回のコンテストに限らず、学校の授業料をはじめ、さまざまな場面で費用の免除や割引などの優遇措置を受けることが多いのだ。

◆“啓蒙マジック・ショー”

「これまでに開催なさったマジック・ショーの回数は?」

「六百回以上です」

「主にどんな人たちが、あなたのショーを後援しているのですか」

「政府など公的機関が後援してくれることが多いですね。例えば、『ポリオの予防接種を受けよう』とか、『飲酒はほどほどに』と、いくらお役所が口を酸っぱくして言っても、市民の耳にはなかなか届かないものでしょう。そこで僕たちの登場となる。僕たちは、コントの要素がプラスされた“啓蒙マジック・ショー”を通じて、主催者のメッセージを観客に伝えるんです。例えば、ふつうなら胴体切りや空中浮遊のマジックに登場するのは美女と相場が決まっているけど、ここでは、いつも大酒を飲んで周囲に迷惑をかけている男が、胴体を切られたり宙に浮いたりさんざんな目に遭った末に、もう酒はこりごりと後悔するとかね。そういうストーリーづくりをするわけですよ。もちろん、このほかに自主公演のショーも多数開催しています。」

◆マジックの社会的ポジション

「ワラクンナムは、ケララ州中部、ティルベーガップラ村出身のマジシャンで、それまでオカルトと呼ばれて蔑まれていた手品の数々を、芸術および科学の域にまで昇華し、世に知らしめた偉大なる人物です。

彼はバラモン、つまりインド社会における最高カーストの出身でした。ワンクンナムが登場する以前は、マジックというものは貧しいイスラム教徒が演じるものと信じられていました。彼らには素晴らしい技術があったのに、誰もそれを芸術や科学とは見做さなかったのです。イスラム教徒以外の人々がマジックの世界に進出するようになったのも、マジックが今日のように市民権を得たのも、すべてはワラクンナムのお陰です。

彼は一九八三年に亡くなりましたが、幸いにも僕は『カップとボール』のマジックを、ワンクンナムの直弟子の一人から直接習うことができました。習ったと言っても、手ほどきを受けたのは一日だけですが。その成果が、今回の僕のパフォーマンスというわけです」

bud著者

Mami_photo 山田 真美(やまだ まみ、1960年2月27日 - )は作家。長野県長野市出身。本名同じ。血液型はA型。長野県長野西高等学校、明治学院大学経済学部経済学科卒業後、オーストラリアのニューサウスウェールズ大学に留学。現在、作家としてだけでなく幅広い分野での活動を続けている。

1982年、オーストラリア シドニーのニューサウスウェールズ大学に留学。マッコウクジラの回遊を研究する。1990年、インド文化交流庁 (I.C.C.R.)の招聘を受けインド神話を調査研究。1996年からニューデリーに在住する。2001年、日印芸術研究所言語センター長(インド政府認可法人)に就任。2002年、日本に帰国。作家としてデビューし、『夜明けの晩に(上・下)』を発表する。最新作は2006年 1月出版の『3歳までに英語の種をまきなさいバイリンガル育児バイブル+インターナショナルスクール案内』である。2006年7月にダライ・ラマ法王14世誕生祭『チベット舞台芸術団』東京公演総合司会を務めている。2007年、作家としての業績を認められインド国立文学アカデミー(India's National Academy of Letters)よりフェローシップを受ける。2009年、高野山大学大学院修士課程修了(密教学修士)。

夫は日本画家の山田真巳。

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