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2009年6月13日 (土)

098『罪と罰』 本村洋 宮崎哲哉 藤井誠二 初版2009年

犯罪が起こった瞬間に
絶対に修復できないような何かが起こってしまう

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spade概要

光市母子殺害事件の遺族・本村洋さんと、事件直後に本村さんを訪ねてから親交を続けた藤井氏、氏の紹介で知り合った宮崎氏の3人が、罪とは何か、罰とは何 かを徹底討論。死刑存廃論など裁判員制度開始を前にした議論の重要性もさることながら、「犯罪が起こった瞬間に絶対に修復できないような何かが起こってし まう」といった本村さんの言葉は、犯罪がもたらすものの真の姿を読者に考えさせる。

spade読むきっかけ&目的&感想

5月21日に裁判員制度が始まった。そして8月3日には、制度が適用された始めての裁判が東京地裁で開かれる。この制度制定のきっかけの一つになった光市母子殺害事件(1999)の被害者家族である本村洋さん、評論家の宮崎哲弥、ノンフィクションライターの藤井誠二の鼎談が本になっている事を知り、読んでみたくなった。本村洋さんは元より、あたしがたま~に見るテレビ番組『博士の異常な鼎談』『たかじんのそこまで言って委員会』に出演していている宮崎哲弥がどんな事を言っているかにも興味があった。

さくら好み ★★★★☆

中には本村さんの記者会見の様子を尊大と見る向きもあり、ネット上にも批判ブログ等がある。時代に逆行して厳罰化に拍車をかけた事件として扱われる事もある。様々な見方があり、批判的な文にハッとさせられる事もある。

でもやはり、本村さんの言葉ほど強く訴えかけてくるものは他に無い。本書にある本村さんの言葉全てに賛同共感できるわけではないが、彼の言葉はスンナリと入ってくるので、彼の言葉を軸にして“罪と罰”について色々と考えさせられた。そして、当事者である本村さんの考え方だけでなく、第三者である宮崎哲弥と藤井誠二の考え方を同時に窺えたのも良かった。

spade覚書

◆一私人としてメディアで発言する信念と不安

本村 ― そうです。とにかく裁判所と堂々と渡り合う勇気をいただいたんだと思います。でも、今でもそうなんですが、自分の発言が本当に正しいのかどうか心配なんです。むしろ批判されているときは、まだ「くそお」と思えるんですけど、逆に賛同が増えてくると恐ろしくなってくるんですよね。僕はそんなに勉強したわけでもないし、専門家でもないのに大丈夫なのかなって。

◆“犯罪は社会に対する宣戦布告”―迷った時は古典に戻る

本村 ― 死刑について発言するようになると、刑法に興味はないんだけど死刑にだけ興味がある方がいっぱいいらっしゃって・・・・・。

藤井 ― 確かに死刑廃止運動をやっている方々は、死刑にだけ興味がある人が多い気がします(笑)。

本村 ― そう。いろいろ質問がくるので、僕も司法に死刑を切望すると言いつつも。死刑にはそもそもどういう意味があるのかについて考えました。例えば、犯罪というのが社会に対する宣戦布告として捉えたときに・・・・・。

宮崎 ― それはルソーの死刑論ですね。

本村 ― はい、ルソーの『社会契約論』や、あとロックも『統治論』で言ってますよね。浅学ですので感想レベルですが、今のいわゆる民主主義や共和制というのは、当たり前のものではなくて、社会が手に入れるまで多くの犠牲が払われているんですね。その前の専制主義や絶対王政を肯定するマキャベリの『君主論』から、今言ったルソーの『社会契約論』に代表されるような国民主権の法治国家の思想に至るまでの経緯というのは、今私たちが生きている近代社会を考える上では大変重要だと思いました。特に死刑の意味を考える上で、そこには大きなヒントがあると思います。

例えば、犯罪という行為を「社会に対する宣戦布告」と捉えるのは、当時は当たり前だったのかもしれませんが、現在では斬新な視点だと感じました。社会契約がなされている国家(法治国家)において、社会契約を破棄(法を違反)し、社会契約を守って生きている人間に対して危害を加えた者は、その瞬間から社会契約の下で保障されたすべての権利を放棄し国家に対し宣戦布告したのと同じである。だから国家はその人間に対し交戦し死刑を科すこともできる。なるほどと思いました。

こうした近代社会の原理原則から、今の自分の置かれた状況や思考などを照らして、少しでも物事の本質に迫りたいと思うのですが、なかなかうまくいきません。難しいですね。

藤井 ― 『社会契約論』を読んだのは、被害者遺族の立場になってからですか。

本村 ― はい。死刑という問題を考え出すようになってからです。ルソーとかロックとか、そういういわば古典って、僕はみなさんほど読んでいなくて・・・・・。

宮崎 ― いや、そういう古典は法学部や政治学科の学生でもなかなか読まないものです。しかし最も質が悪いのは、ルソーの民主主義論などを高く評価しながら、ルソーの死刑肯定を完全になかったことにするリベラル派。

本村 ― 答えがない本って多いんですよね。その点古典は一番原理原則を深く考察してますから。ニュートンとかもまさにそうなんですけど、迷ったときには古典に戻ったらよくて、とにかく読み漁ったんです。モンテスキューやマックス・ウェーバー、ベッカリーアとかシュンペーターとかアダム・スミスとか。どれも人間行動を深く考察していて勉強になりまして、この森さんへの返事もたぶん誰かの本のいろいろな言葉が混じって、自分の中でできちゃった文章(2008年刊行『死刑』森達也・著に載っている、森からの質問に対する本村の返事を指す)なんです。

◆“社会が赦し考える”

本村 ― そうですね。どこかの大学の先生に「今は寛容の世紀で、君は逆行している」と言われたこともありますよ。でも感情を無理矢理コントロールしようとしたって無理です。価値観の違いだと思うんですが、僕だって被告を赦せたらどんなに楽かと思いますよ。

でも何よりもまず、妻と娘は死んでいるわけです。死んだ人間が人を赦すことはできない。今生き残っている人間は仮に受け入れたとしても、亡くなった人は受け入れられない。その疑問はずっとなくならないんですよね。むしろ社会がどういうかたちで加害者を赦すか、事件を消化するかだと思うんです。

藤井 ― 社会が赦す?

本村 ― ええ。加害者が死刑を受け入れて、自分が悪いことをした、申し訳なかったということをきちんと認めて、社会に謝罪することで、彼は社会から赦されるのではないかと思うんです。

藤井 ― それは本村さんに謝罪するんじゃなくて?

本村 ― 私に対してもそうですが、自分の犯した罪を悔いて、遺族に謝って、命をもって償った彼の姿を社会がきちんと見届ける。そして、その事件のことを社会が考える。

誰しも加害者にも被害者にもなる可能性はあるわけです。例えば秋葉原で起きた連続殺害事件でも、加害者に共感するようなことにならないように、コミュニティを維持していくためには、社会に考えてもらう必要がある。夢というか、ユートピアかもしれませんけど、僕は犯罪のない社会を実現できればと思っていますから。

◆日本が死刑存置国だという事を認識

本村 ― やっぱり「無期懲役」しか出ていなかった最初の頃に、僕が感情的になったり悔しい顔で発言しているのを見て、同情してくれた方もいらっしゃったと思います。人間っていうのは共感できる生き物ですから。

ただ、今死刑判決が出て、僕を支持することによって一人の人間が死ぬんだという事実が逆に突きつけられたと思うんですよね。僕も当然死刑判決が出た後、喜ぶことはできなかったし、釈然としないものもありました。確かに応報感情が満たされた部分はあるし、仇がとれたっていう気持ちもある。けれども、じゃあ何が解決したのかっていうと、まだ何も解決していなかったりするわけです。

そういった犯罪のむなしさや刑罰できることの限界を、僕に共感してくれた方々も思いつつあるんじゃないかなと思うんですけど。

藤井 ― なるほど。本村さんを通じて何かカタルシスを得るというような部分もあったと思うんだけど、やっぱりそれだけじゃダメで、本村さんが求めていたものを社会がどこまで共有できていたか。たしかにFに死刑が出て終わりというような無責任さみたいなものが、どうしても社会にはありますよね。

本村さんは記者会見で弥生さんと夕夏ちゃん、そして加害者Fの「三人の十字架を背負っていく」とおっしゃってましたが、そのためには彼が死刑執行されることについての情報公開がなければならない。本村さんにはそれを知る権利があるのではないでしょうか。

本村 ― 日本が死刑を存置している国だということを、自分も含めて多くの人がほとんど考えていなかったと思うんです。ですからこの事件の一連の報道を通して、考えるためのいい契機を社会に与えることができたんじゃないかなと思っています。賛成もいれば反対もいるし、悩んでいる方もいる。いずれにしても、死刑を持っている国だということを認識する。

◆日常と非日常の狭間で

私の事件は、私の想像を遥かに超えて大きく報道されました。そして、賛同や非難が入り混じり、一つの社会問題として扱われることになりました。新たな論争や係争も発生し、裁判の行方や私の言動が社会の関心事になっていきました。

私自身も、多くのマスコミの方々や専門家、評論家、政治家やジャーナリストの方々と接する機会が増えました。このことは、普通の会社員である私にとって大変貴重な体験であるのと同時に、日常と非日常の狭間で戸惑い、大きな精神的負担にもなりました。質問に答えたり、対話をするには、私の知識や能力が著しく不足していたからです。

また、次第に責任の重さやイデオロギー的な論争に巻き込まれたり、利用されたりすることへの不安も募っていきました。自分の発言が社会に対して得たいの知れぬ影響力を持ち一人歩きしていく。ネット上を駆け巡る賛同や非難、中傷に苛まれる日々も続きました。

一方で自分自身も、本を読んだり、有識者から話を聞いたりするうちに、安易な理論武装に流れていっているのではないか、答えが用意されている楽な世界に入ってしまっているのではないか、そんな恐怖もありました。

そして追い討ちをかけるように、時の流れが家族の思い出や表情や声などを、私の記憶から洗い流して行ってしまう。人間である以上、仕方がないのかもしれませんが、あまりにも悲しいことだと思いました。

そのような葛藤の中で生きてきた私を、言論の立場から支えてくれたのが、藤井さんと宮崎哲弥さんです。藤井さんは、私の元を最初に訪ねて来られたマスコミ関係者です。藤井さんとの交流が始まり、しばらくして、藤井さんの紹介で宮崎哲弥さんと東京の居酒屋でお会いする機会を得ました。

お二人からは、テレビ局や新聞社などメディア機関に属している方々とは異なった、自分の顔と名前を出して言論という世界に身を置いている者の、信念と情熱、覚悟、そしてそれ故の優しさを感じました。

ご一読いただければすぐにおわかりのとおり、決して三人の意見が合致しているわけではありません。ときには、まったく正反対だったりしています。それでも、出会いから約十年が経過した現在でも有意義な関係が継続できているのは、社会をより良くしていきたいという信念を互いに共有できているからではないかと思っています。

◆“とかくに人の世は住みにくい”

事件後、私が感銘を受けた一文があります。

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」

有名な夏目漱石の『草枕』の一節です。漱石が表現したように「とかくに人の世は住みにくい」かもしれません。私は感情的だと批判されたこともあり、理屈ばかりだと批判されたこともあります。ときには意地を張っているだけだと批判されたこともあります。なるほど、漱石の表現したとおりだと、いたく共感したのです。

人の世は難しいものです。しかし、これが人の世の本質だと思います。この住みにくさが人を成長させるのだと思います。だから私は、これからも自分の意思をしっかりと抱き、この住みにくい人の世を家族の分まで存分に謳歌してやろうと思っています。

spade著者

本村洋(もとむらひろし) 1976年、大阪府生まれ。会社員。福岡県の中学、高専を卒業後、広島大学工学部に編入学。98年、同大学を卒業後、新日本製鐵株式会社に入社(現在、新日鐵住金ステンレス株式会社へ転籍)。99年4月、事件に遭遇。その後、会社員として同社に勤務しながら、犯罪被害者の権利拡充を目指した活動を続ける。「全国犯罪被害者の会(あすの会)」幹事も務める。

宮崎哲哉(みやざきてつや) 1962年、福岡県生まれ。評論家。慶應義塾大学文学部社会学科卒業。同大学法学部法律学科中退。論壇誌での執筆活動、テレビのコメンテーターなど、様々なメディアで活躍中。政治・社会問題からサブカルチャーまで幅広い分野を論ずる。

藤井誠二(ふじいせいじ) 1965年、愛知県生まれ。ノンフィクションライター。高校時代から様々な社会運動に参加し、文筆活動に入る。当事者に伴走しながらの綿密な取材に定評がある。大学でも講座を持ち、テレビやラジオでも活動中。

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