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2009年6月18日 (木)

099『新版 劒岳〈点の記 〉』 新田次郎・原作 山本甲士・文 初版2005年

未踏の霊峰を測量する

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snow概要

日露戦争直後の明治40年、前人未踏といわれ、また、決して登ってはいけない山と恐れられた北アルプス・劔岳。測量官・柴崎芳太郎は、山頂への三角点埋設の至上命令を受け、地元の案内人・長次郎とともに、器材の運搬、悪天候、地元の反感など、さまざまな困難と闘いながら、その頂に挑戦する。そして、設立間もない日本山岳会隊の影が――。我が国最高の撮影監督といわれる木村大作が自らメガホンをとった、畢生の映画化作品の原作にして、新田次郎山岳小説の白眉を、読みやすくした新版。

snow読むきっかけ&目的&感想

木村大作の初監督で映画化されるというのを、昨年(2008年)9月21日にテレビ放送された「情熱大陸」で初めて知った。テレビに映し出される山の姿を見ただけで心惹かれ、公開されたら映画を見にいこうと思った。

映画での描写をより堪能するために、映画より先に本を読む事にした。で、新田次郎の原作を読むか、“原作を読みやすくした<新版>”である本書を読むか迷って、より映画に近いであろう本書を読む事にした。映画を見終えたら、新田次郎の原作も読んでみるつもりでいる。

さくら ★★★☆☆

学生時代の10月初旬、あたしは剱岳に登った事がある。その時、当然の事ながら、等高線の入った地図も持って行った。当たり前のように思っていたあの地図作成に、こんな苦労があったのねぇ、なんて一人感慨に耽ってしまった。こういう本を読むと、自分の周りに当たり前のようにある物でも、その一つ一つに歴史やドラマがあるんだろうなぁ、って改めて考えてしまう。 。。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

下画像は、2006年の4月終盤に見に行った立山・雪の大谷。下界は満開の桜cherryblossom、山上はスゴイ積雪snow。同日の画像とは思えない(笑)。
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snow覚書

◆三角点

三角点を決めるにはまず選点(位置を選ぶこと)が行われ、その地点が遠くから観測できるようにやぐらが組み立てられる。そのやぐらの直下に三角点の柱石が埋められ、最後に観測がなされる。

◆「避難するのは恥」

「現役時代に先輩の測量官から何度か言われたよ」と古田は続けた。「測量隊が暴風雨にあって避難するのは恥なんだ。もちろん、避難するなという意味ではない。避難しなければならなかったのは、計画が甘く準備不足だったということなんだ」

◆信仰と科学

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*立山曼荼羅図 左上部の白いトゲトゲした山が劒岳

「旦那、劒岳は誰も登ったことがない山ですよ。立山信仰では登ってはならない針の山ということになっていますし、無理に登ろうとすれば嵐にあって死ぬとか、万一登れたとしても帰りに罰があたって死ぬとか言われています。

「それは迷信だよ。人間はそういう迷信を乗り越えることで科学というものを発展させてきた。私はむしろ、登ってはならないとされているせいで、誰も登っていないだけなんじゃないかと疑っている」

「いえ、旦那、それはちがいます。実際、劒岳は険しすぎて、人が登れる山じゃありません。弘法大師が草履三千足を使ってもついに登れなかったという伝説が残っていますが、決して大げさな話ではありません」

「何にしても、測量隊は劒岳に登らなければならない。正確な地図を作るためには必要なことなんだ」

◆宿坊

柴崎たちはまず、芦峅寺(あしくらじ)に行くことにした。陸地測量部がこれまでに三度根宿とし、案内人や人夫を手配してもらった宿坊(しゅくぼう)、宝泉坊(ほうせんぼう)の佐伯永丸にあいさつをしておいた方がいいと思ったからだったが、長次郎が強くそれを希望したからでもあった。

◆修験者の言い伝え

「おれたち修験者は、立山信仰が確立される以前から、大日如来を胸に抱き、即心即仏、生仏不二の秘境こそ山岳の頂上であるとして、いかなる峻険な山でも登ってきた」修験者は寝たままだったが、しっかりした口調で言った。「目につく高い山であればなおさらであり、多くの修験者がこれを目ざして登り、頂上に達した者は証拠の品として錫杖と剣を捧げた。だから、劒岳が開山されていない、などということは、修験道の歴史から考えてありえぬ」

にわかには信じられないことだった。柴崎は「劒岳は、千年以上も前に開山されているとおっしゃるのですか」と問い返した。

「おれが師から聞かされた言い伝えでは、加賀藩が立山信仰を保護していた時代に、快天という大先輩が劒岳に登頂し、立山信仰以前にすでに開山された痕跡を見つけている。そのほか、修験者ではないが、幕末に増崎籐左衛門という加賀藩の武士も、立山信仰の教理に不審を抱き、登頂したとも言われている。快天は下山したところを捕らえられて殺され、籐左衛門も下山直後、食あたりで死んでいる。おそらく毒殺だろう」

「誰が二人を殺したのですか」

「もちろん加賀藩だ。加賀藩は、芦峅寺に三十八、岩峅寺に二十四の宿坊を認め、彼らを神官同様に扱い、登山路の支配をまかせる代わりに、莫大なカネを取り立てていた。立山信仰が隆盛になって、人が来れば来るほど藩は潤う。だから、立山信仰の教理に背いた者は、その存在自体さえも消し去られたのだ」

「劒岳の登り口は言い伝えられていないのですか」

「はっきりとは伝えられていない。雪を背負って登り、雪を背負って帰れ、という言葉が修験者から修験者へと伝えられているだけだ」

「はるか昔に先人が劒岳に登頂したという証拠は何かあるのでしょうか」

「おれたち修験者はもともと真言密教に始まっている。密教は、一般に布教される宗教とはちがって、師の口から弟子の口へと伝えられるものだから、証拠の文書などというものはない。しかし、記録が残らない代わりに、強靭な言い伝えがある」

修験者は少し間を置いてから続けた。

「山は神であり仏でもある。劒岳も例外ではない。本来、誰でも登って、山の気、霊気に触れてくればよいのだ。あなたが劒岳に登ることには重要な意味がある」

◆夜明けどきの劒岳の頂上を何度か観察して・・・

「あの大雪渓の上がどうなっているのか、下から見ただけではわからない。君はいま、岩登りと言ったが、やはり大雪渓を登り詰めた先は岸壁だと考えているんだな」

「はい、そのとおりです」長次郎の返答には迷いがなかった。「じつは、選点の仕事を手伝っている途中で、夜明けどきの劒岳の頂上を何度か観察してみました。朝の太陽の光が反射する様子から、大雪渓の上の地形がどうなのか、考えてみたのです」

「ほう」と、柴崎は長次郎の顔をしげしげと見た。そんなことまでしていたのか。あらためて長次郎の案内人としての力量を実感した。

「右側の大雪渓の先は、頂上近くで二つに分かれています。大岩のこぶがあるからです。その岩のむこうに雪田らしいものがあるのですが、そこに反射する光の具合と言いますか、陰影と言いますか、それを見る限り、さらに頂上に近づいたあたりに岸壁があると思います」

「どれくらいの高さの岸壁なんだ」

「高さまではわかりませんが、登れないことはないと思います」

長次郎はそう言ってから、「いえ、必ず登れます」と訂正した。

◆「蓑を着ているとわかるんです」

柴崎はきのうから、携帯用気圧計を使って一日三度、気圧の変化をグラスにしていた。それによると少しずつではあるが確実に気圧は上昇しており、長次郎が言ったとおり、もうすぐ梅雨の中休みになるだろうと思われた。

柴崎が声をかけるよりも先に長次郎が近づいて来て、「旦那、明日は晴れますよ」とあたりに目を走らせながら小声で言った。

「やはりそうか」

「まちがいありません。空模様を見ただけではわかりませんが、蓑を着ているとわかるんです。今日は蓑の中に湿気がこもりませんでした。湿気がこもるときは雨が続きますが、湿気がこもらないと雨は上がるものです。おそらく夜半頃に雨は上がって、明日は上々の天気になりますよ」

◆一年に一回だけの絶好の機会

「劒岳に登る道があるとすれば、あの大雪渓だけだ。時期を逃すとあそこは深い割れ目ができて登れなくなる。一年に一回だけの絶好の機会がいまだ」

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コメント

初めてコメントいたします。
備忘録として書かれているのでしょうか。とてもいいアイディアだなあと思って拝見してました。さまざまなジャンルの書籍をたくさんお読みになっておられて、すごいなぁと驚いています。
わたしは映画を鑑賞し、早速原作本を読んでいるところです。地元も地元、よく知っている剣岳について、このような歴史があったとは、ものすごい発見です。
それと同時に、立山信仰を深く信じる敬虔な祖母と真言密教を信じる父との狭間に生まれ育った、わたしの文化的境遇を考えるきっかけをくれた、象徴的作品であると思っています。点と点が繋がって線になる感覚です。
わたしも伊藤若冲が好きです。画集を買ってしまいました。またお邪魔します。

投稿: マエダ | 2009年6月22日 (月) 23時15分

マエダさん、コメントありがとうございます。

そうです。このブログは自分自身の備忘録です。検索できるので便利です。

知る事によって点と点が線になり、昨日よりモノが見えるようになるのが、読書の良いとこですよね。

マエダさんも若沖好きなんですね。
彼の絵、いいですよね。

投稿: さくらスイッチ | 2009年6月23日 (火) 19時37分

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