« 095『極上のおやつ』 初版2007年 | トップページ | 097『マンゴーの木 ~伝説の魔法使いをめぐる運命の輪~』 山田真美 初版1998年 »

2009年5月31日 (日)

096『インド 厄介な経済大国』 エドワード・ルース 第一版2008年

「過去と未来が奇妙に同居した国」

Dvc00002

taurus原題

In Spite of the Gods: The Strange Rise of Modern India (2006)

taurus概要

インダス文明の流れを汲むスピリチュアルなインドと、ITをテコに経済的な離陸を果たし、経済大国に向かって突き進むインド。インドを贔屓する外国人は大抵、インドのもつ精神性に惹かれ、とことん嵌ってしまう。だが、世界最大の貧困人口を抱え、その社会はカーストと宗教に引き裂かれた、矛盾に満ちた国家がインドである。

本書は、旧宗主国である英国のジャーナリストがインド社会の奥深くに入り込み、政治、経済、社会のありのままの姿を描いたルポルタージュ。

サービス部門から経済成長がはじまった特異な経済、非効率で汚職が蔓延する役所や裁判所、選挙を左右する下位カーストのパワー、イスラム原理主義と鋭く対決するヒンドゥー原理主義の素顔、いまなお隠然たる力を誇るネルー・ガンジー王朝など、インド社会の不変な部分と変わりゆく部分を手厳しく、かつ温かに描いている。著者は、米中にインドを加えた3国が世界を動かす時代がやってくると予想し、そのためにインドが克服すべき課題も挙げている。

taurus読むきっかけ&目的&感想

「今のインドの姿」を日本人が書いた本を読み、ちょっと日本人以外が書いた本も読んでみたくなった。で、ネットで良さげな本を探して中りをつけ、図書館で借りてみた。本書は旧宗主国であるイギリスのジャーナリストが書いた本だ。

さくら好み ★★★★★

読んでいて、インドの現状に怒りを感じる事が少なくなかった。作者も怒りの感情で書いているのは間違いない。しかし、怒りの視線で書かれているにもかかわらず、作者がインドとインド人に惹かれているのも分かった。好奇心旺盛なインド人少年とのやりとりからもそれが伺えた。少年を迷惑に思っていたはずなのに、振り回されている内にいつのまにか少年に好感を持ってしまっている。そんな自分に気付き笑い出す作者と一緒になって、思わずあたしも一緒に笑ってしまった。この少年はインド人の魅力を体現していると思った。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

インドの衝撃』、『続・インドの衝撃』、本書『インド厄介な経済大国』を読んでいく中で、以前読んだ小説『ぼくと1ルピーの神様』(映画『スラムドック$ミリオネア』の原作)を、あたしはリアリティを持って感じられるようになっていった。そしてこの小説の結末の在り方を、すごく納得する事が出来た。flair

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

今、NHKスペシャル『インドの衝撃 (2009年版)』が放送されている。まだ第一回目を見ただけだけど、2007年版3作、2008年版3作に負けず劣らす、2009年版も興味深い内容になっている。おそらく2009年版も本になるだろうから、出版されたら読んでみたい。

インド在住インド人*1、アメリカ人*2、中国人*3、後進国在住の人*4が書いた「現在のインド論」も読んでみたい。良さげな訳本をぼちぼち探して読んでみようと思う。

*1『だれも知らなかったインド人の秘密(2006)』パヴァン・K. ヴァルマ著、*2『アメリカはなぜインドに注目するのか―台頭する大国インド(2003)』スティーヴン・フィリップ コーエン著、『インドと中国―世界経済を激変させる超大国(2007)』ロビン メレディス著が面白そうなので、いずれ読んでみたい。*3*4に関しては、良さげな訳本を1冊も探せていない。weep

あと、政治経済や社会問題とは違った側面でインドを捉えたノンフィクション『マンゴーの木 ~伝説の魔法使いをめぐる運命の輪~(1998)』山田真美著も読んでみたい。

taurus覚書

◆運命は僕たちの手に握られている

後から取材ノートを読み直してみて、ジェームズは多くの点で新しいインドの中流階級世代を代表していると思った。才能にあふれ、裕福で、コスモポリタンで、カーストや宗教が違う相手ともなんなく付き合っていける。同時に、インドの文化と宗教的伝統を、彼が魅力の薄いグローバルカルチャーとみなすもの――家族の断裂、年配者への尊厳の欠如、過度な消費主義、宗教的価値観の放棄と拝金主義――から守る必要についても、多くを語っていた。インドの道徳的価値観が欧米のものより優れているという考えは、インド人の社会通念ともなっている。

ジェームズの言葉は、静かな情熱のよなものが感じられた。「僕はインドの文化と道徳を守らなければならないと強く信じている。植民地主義のために、インド人は自分たちの伝統を恥じるようになってしまった。独立した今は、もう責任を人になすりつけることはできない。運命は僕たちの手に握られている」

◆“1パーセント社会”

国内でも有能な編集者として知られるT・N・ニナンは、インドを“1パーセント社会”と呼んでいる。どんな指標を選ぶにせよ、あるいはそれが経済的なものであれ社会的なものであれ、インドは年におおよそ1パーセントだけ改善に向かっているというものだ。

たとえば、インドの貧困率は年に約一パーセントずつ下がっている。一九九一年には三五パーセントだったが、二〇〇〇年には二六パーセントになった。それ以降もおそらくは同じペースで低下しているものと思われる。識字率を見ると、一九九一年には五二パーセントだったが、二〇〇一年には六五パーセントになった。一九九一年の平均寿命は五八歳だったが、二〇〇一年には六五歳に上がった。

国レベルの出来事ではなく一般国民の生活水準から判断すると、インドはひじょうに安定した足取りで前進していることがわかる。それでも、私のインド人の友人の多くは、さらに成長のスピードを上げる必要があると感じている。年1パーセントの改善率は、ある程度まで経済発展を達成している国なら十分な数字だが、まだ三億人が極度の貧困のなかで暮らしている国にとっては、ペースが遅すぎるというのだ。

◆はずれた予想

独立後、世界の多くの評論家は、この国はそのままの形では長くもたないだろうと予測した。社会、言語、宗教、民族の多様性のために、やがてはいくつかの国に分裂することになると彼らは考えた。六〇年代初めに発表された権威ある書、『インド――もっとも危険な時代』も、インドの分裂の危機を語る内容だった。しかし、予想に反してインドが解体されることはなかった。今後もその可能性は低そうだ。

一方では、インドが民主主義をそう長くは維持できないどろうという予想もあった。当時は、民主主義は極端な貧困や多数の非識字者を抱えた国には根付かないと信じられ、現在もその仮定は変わっていない。ところが、この見解もやはり裏切られた。

なぜこの二つの予想がはずれたのかについては、多くの理由があげられる。おそらく、インドが一つの国として無傷で残ってきた最大の理由は、この国が民主主義を選択したためだろう。そして、インドの民主主義が生き残ってこられた最大の理由は、ここがあまりに多様性のある国だからだ。民主主義を危機にさらすどころか、多様性のあるインド社会は、民主主義を不可欠なものにした。

◆中国より発展が遅れているのは政治制度のせい?

欧米やアジアの評論家の一部には、中国がインドより速く成長しているのは、中国が全体主義の国だからという見方もある。私は、唯一の答えが全体主義であるような問いかけをするつもりはないし、この見解は誤った方向に人を導くものだとも思っている。

インドはインディラ・ガンディーのもとで短期間の独裁政治を経験したが、それはこの国の社会的安定と経済的繁栄には明らかにマイナスにはたらいた。インディラ・ガンディーのもとでの会議派の絶対主義的傾向は、地域主義に力を与え、国境地域でも分離主義運動に勢いをつけて、国家の統合を危うくした。インドが一つの国としてとどまることができたのは、インディラが民主主義のシステムを回復して、地域主義に平和的な不満のはけ口を用意したからだ。インドの頻発する暴動に関しては、国家の統一に深刻な脅威として残るのは、一部の外国勢力もからんでいるカシミール紛争だけになった。

インドが独裁政治を選ばなかったために発展が遅れたと論じる人たちへの、もっとよい答えがある。パキスタンだ。アマルティア・セン教授が指摘しているように、インドの経済成長率はこの二〇年間、つねにパキスタンを上回り、パキスタンの平均三.五パーセントに比べ、平均六パーセントというという数字を達成している。同じ二〇年間に、パキスタンは一時期民主政府をもった時期もあったが、自由選挙が行われていたときでさえ、国民の自由は制限されていた。「パキスタンには表現の自由があるが、表現した後の自由はない」というジョークがある。

民族、文化が似通っているパキスタンは、インドにとって中国よりもずっとよいかがみになるだろう。「インドを必ずしも民主的とはいえない国と比べるなら、それはパキスタンでなければならない。パキスタンはインドがもし非民主的な政治体制を選んでいたらどうなっていたかを、みごとに表している」とセン教授は指摘している。

インドを全体主義の中国と比べようとする評論家は、都合のいい要素だけを持ち出している。中国はインドよりも経済的、社会的指標がずっと高いが、これは両国の対照的な政治制度とはほとんど関係がない。

◆アメリカがインドを支持する理由

構造プレートは徐々に移動している。現在の国際情勢は、中国が国際舞台での純粋な政治的勢力となるまでの、一〇年から二〇年続く興味深い移行期にあるといえるだろう。インドが中国とともに世界大国として成長していくには、いくつもの障害があるが、そのほとんどを克服していくだろうというのが大方の見方だ。アメリカが、当面はインドの成長を望み、大きく後押ししていくだろうからである。

アメリカの政府高官は彼らのインド支持について、さまざまな説明を与えている。

もっとも多いのは、インドがこれまでで世界最大の民主主義国家であるというものだ。ジョージ・W・ブッシュが大統領に就任したとき、彼は上級補佐官のロバート・ブラックウィルに、どこでも望む国の大使に任命すると約束した。冷戦時代には軍備交渉チームを率いていたブラックウィルは、ためらわずにインドを選んだ。ブッシュは彼に「10億の人口を抱えながら、民主主義の国だ。すごいことじゃないか?」と話したという。

第二に、インドが核実験を実施したことを受け、アメリカはインドに対して軍事目的にも転用できる技術の禁輸措置をとってきたものの、ブッシュ政権はインドの核兵器に対する“責任ある管理”を評価している。金と引き換えに技術を売っていたパキスタンとは対照的に、インドの輸出規制は信頼できるとみなされた。

第三に、アメリカには約二〇〇万人のインド系住民がいて、アメリカ政治への強力な発言権をもつグループに成長していた。インド系アメリカ人は国内でもっとも裕福なエスニック集団で、平均年収は五万ドルをドルを超える。インドはアメリカに送る留学生も数も最大で、技術系労働者、とくにソフトウェア・エンジニアとして申請するHIBビザの数も、インド人がもっとも多い。インドは中国には及ばないながらも、アメリカ製品のための巨大な新しい市場にもなってきた。

アメリカの高官は中国についてこのような形で言及することはめったにない。しかし、アメリカ政府がインド大国への野心のスポンサーになろうとしている本当の動機を提供しているのは中国なのだ。単純に国としての大きさと政治制度の性格により、インドはグローバルパワーとして台頭する中国への対抗勢力になりうる唯一の国とみられている。

アメリカは中国の成長を不安な目で見守ってきた。中国の経済開放のほとんどをうながしたのがアメリカ企業だったにもかかわらずである。

経済の自由化の結果として、中国共産党の政治的統制が緩むことが期待されたが、それはまだ現実にはなっていない。中国は背任者とみなす台湾を本国に統合するという立場を和らげてもいない。それどころか、中国の全人代(国会)は二〇〇五年に、台湾が中国からの独立を公式に宣言すれば、軍隊の派遣を認めるという法律を成立させた。台湾はアメリカと同盟を結んでいる。

一連の国防省の報告書は、中国が急速に軍事支出を増大させていることにも、強い懸念を表明している。アメリカのいくつかの情報源によれば、中国は政府が認めているよにはるかに多くの防衛費を支出している。アメリカをはじめとする世界各国は、中国が「外洋海軍」を建設して、インド洋を超える範囲にまで勢力を拡大しようとしていることも不安視している。

◆インドの国際的地位向上の転機

ワシントンのカーネギー財団でアナリストを務めるインド生まれのアシュレイ・テリスは、二〇〇一年から二〇〇三年まで、インド大使ロバート・ブラックウィルの核・軍事担当顧問だった。テリスとブラックウィルは、アメリカがインドの核保有を認めるべきだとする説得力のある議論を展開した。二〇〇五年の影響力あるレポートににテリスはこう書いている。「中国がいつの日かその経済力と軍事力をアメリカに向ける恐れは現実のものとして存在する。このことを考えて、アメリカはインドとの関係を見直す必要がある。現在、アメリカにとってインドは、テロとの戦いの重要な同盟国であるばかりでなく、中国のアジア支配への対抗勢力でもある」 「なぜアメリカは、インドのミサイル開発を阻止する必要があるのか? そうすれば中国が民主国家インドに対して、永続的に核の優位を保つことを許すことになるではないか」

結局は彼らの主張が勝利を収めた。二〇〇五年七月、マンモハン・シン首相がワシントンを訪問し、ニューデリーが期待していた以上の各協定の提示を受けた。アメリカはインドの核保有を認め、インドの民生用原子力開発のための核燃料の輸出を再開し、さらには技術輸出に関する他のすべてのの制裁を撤廃することを約束した。それと引き換えに、インドは転用可能な技術の他国への売却を防ぐために輸出管理を厳しくし、原子力施設への国際査察を受け入れ、とくに宇宙開発プログラムに関しては、民生部門と軍事部門との間に信頼できる壁を設けることを約束する(インドが開発した衛星打ち上げ技術は、弾道ミサイル科学者も利用可能だと信じられている)。言い換えれば、インドは非公式に核保有国家のクラブに受け入れられる、最初で、おそらくは最後の国になるということだった(公式な国際的承認は考えられない。NPTを破棄するに等しいからだ)。

ワシントンの反対派はもとより、オーストラリアや日本などの核問題には敏感な国を含む四四ヵ国からなる「原子力供給国グループ」のなかにも、なぜアメリカが、インドに対して相応のコスト負担もなしにNPTにお加盟する利点のすべてを与えるような取引をしたのか、疑問に思う者は多かった。政権の水面下の動機に目を向ければ、答えは簡単だ。インドは中国の対抗勢力に成長する。アメリカがその状況を望んでいるとすれば、この協定は完全に意味をなす。

アメリカ外交の年代史において、二度の米印首脳会談はとくに異例の出来事として目立つ。おそらく将来振り返ったときには、これがインドの国際的地位向上の転機として見られることになるだろう。

taurus著者

Luce エドワード・ルース(Edward Luce)

オックスフォード大学で政治学、哲学、経済学を専攻。ロンドン市立大学では新聞ジャーナリズムの大学院課程を修了した。1995年からはフィナンシャル・タイムズに勤務。途中で1年間アメリカに渡り、クリントン政権の財務長官を務めたラリー・サマーズのスピーチライターとして活動した。2001年から2005年まで、フィナンシャル・タイムズの南アジア支局長としてニューデリーに滞在、現在はアメリカのワシントンDCで、同紙のワシントン解説者となっている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

5年をかけてインド中を旅して、この国で起こる出来事を観察し、人びとの話を聞いてきた。そのうち4年はフィナンシャル・タイムズ紙の支局長として、残りの一年はこの本を書くためだ。この間に、会いたい人物に会えなかったり、求めている情報を得られなかったことは、数えるほどしかなかった。取材相手は数百人におよび、なかには何度も会って話を聞いた相手もいる。

義理の両親であるアパルナとプラーラド・バスにも感謝したい。二人が自分たちの意見と経験を私と分かち合ってくれたおかげで、私のインドへの関心はさらに高まった。アパルナは歴史家で、長くデリー大学で教鞭をとっていた。プラーラドはニューデリーで今も公務員を続けている。外国特派員で(義理の息子としても)、これだけの助けを得られる者は多くないだろう。私自身の両親、ローズとリチャードにも、ありがとうと言いたい。

この本の半分は両親に捧げたい。そしてもう半分は、妻のプリヤに捧げる。

Dvc00003

|

« 095『極上のおやつ』 初版2007年 | トップページ | 097『マンゴーの木 ~伝説の魔法使いをめぐる運命の輪~』 山田真美 初版1998年 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 095『極上のおやつ』 初版2007年 | トップページ | 097『マンゴーの木 ~伝説の魔法使いをめぐる運命の輪~』 山田真美 初版1998年 »