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2009年3月 7日 (土)

081『ぼくと1ルピーの神様』 ヴィカス・スワラップ 第一版2006年

ラム・ムハンマド・トーマスというのは かなり変わった名前です

というのも

ラムというのは典型的なヒンドゥー教徒の名前だし
ムハンマドはイスラム教徒の
トーマスはキリスト教徒の名前なのです

20090301

dollar原題 Q and A

dollar概要

クイズ番組でみごと全問正解し、史上最高額の賞金を勝ちとった少年ラム。警察は、孤児で教養のない少年が難問に答えられるはずがないと、インチキの容疑で逮捕する。しかし、奇蹟には理由があった―。

殺人、強奪、幼児虐待…ずっと孤独に生きてきた少年が、インドの貧しい生活の中で死と隣あわせになって目にしてきたもの。それは、偶然にもクイズの答えでもあり、他に選びようのなかった、たった一つの人生の答え。

幸運を呼ぶ1枚のコインだけを頼りにしてきた孤児の、残酷だけれど優しさに満ちた物語。

dollar読むきっかけ&目的&感想

この小説は、第81回アカデミー賞作品賞のオスカーを獲得した『スラムドッグ$ミリオネア』の原作だ。日本公開はまだなので、映画を観たいと思っているあたしは、原作を先に読むのをためらったけど、借りて読むことにした。アカデミー賞外国語賞を獲得した『おくりびと』の原作(原案?)『納棺夫日記』も借りたかったけど、蔵書の9冊全てが借りられていたので、こちらはあきらめた。いずれ又、借りて読んでみたい。

さくら好み ★★★★★

あたしが持つ「インド」や「インド人」のイメージは希薄だ。ニュースやドキュメンタリー、観光地やインド料理の情報を、ほんの少し持っているに過ぎない。だからこの本を読んで、その情景があたしの頭の中で、妙な具合に変換された。それは人物の服装などの外見に限らず、街の様子や交通機関、居住空間や調理場、生活音、ミリオネアのテレビセットに至るまでの全てだ。テレビ番組インド版ミリオネアの司会者も、あたしの頭の中では“みのもんた”だったcoldsweats01。文字に書かれている事もいない事も、「インド」や「インド人」を想像するのはとても難しい。そのせいもあって、文中に知ってる単語を見つけると、そのシーンが強く印象に残った。それは、カシオ、ニンテンドー、トヨタ、リーバイス、マクドナルド、ピザハットなどだ。

ビジュアルはリアルに想い描けなかったけど、主人公の心には寄り添いやすかったので、結構どっぷりとハマッテ読んだ。読書中のバックミュージックもそれらしいのを流したりしてね。

本を読んだ後で、映画の公式サイトにある予告動画を見た。小説のシーンが映像になっているので、頭の中の物語に、一気に色が着いた気がした。 。。ん?、主人公の名前が違うなぁ、生い立ちも違うなぁ、人間関係も違うなぁ、・・・・・クイズ番組と絡めた構成だけ一緒で、映画は映画のストーリーっぽいな。映画は映画で楽しめそう。インドにおける現実的な問題を描きながらも、ドラマチックな娯楽的要素も含んでいるから、きっと見応えがあるんじゃないかな。

dollar覚書

◆“すごいごちそう”

その晩、ラジュワンティは僕たちにすごいごちそうをしてくれる。プリ(パンケーキを油で揚げたもの)にカチョーリ(油で揚げたパイ皮にカレーなどを詰めたもの)にジャガイモにレンズ豆にマタ・パニール(カッテージチーズの野菜カレー)。ずべてぴかぴかに磨かれたスティールのお皿に載っている。

◆「私のことをきれいだなんて、二度と言わないで」 

ニータはマディヤ・プラデッシュ州ビンド地区地区出身の、ベディア族の娘だった。両親はまだ生きていて、兄が一人と、結婚して幸せに暮らしている妹がいる。彼女の村では、一家庭につき一人の女の子が、ベドニと呼ばれる娼婦をさせられる伝統があるという。その子が家族のためにお金を稼ぎ、男たちは酒を飲んだりカードで遊んだりして暮らすのだ。

「だから私たちの村では、女の子が生まれると喜ぶの。普通のインドの家庭と逆ね。私の村出身のベドニは、売春宿とか、トラックのサービスエリアとか、ホテルとか、道端のレストランとかに行くと会えるわよ。みんなお金のために体を売ってる」
「でも、どうしてお母さんは君を選んだんだい? 妹じゃなくて」
「私のほうが美しかったから。娘が二人いたら、どちらを売春婦にしてどちらを結婚させるかは、母親が決めていいの。そして母さんは私をベドニに選んだ。もし私のほうがきれいじゃなかったら、ここに来なくてすんだのよ。学校に行って、結婚して、今ごろ子どもを産んでいたかもね。でもそうはならなくて、私は今この売春宿で働いている。これがちょっとばかりきれいに生まれたことの代償ってわけ。だから私のことをきれいだなんて、二度と言わないでちょうだい」

「いつからここにいるの?」
「子ども時代が終わったときからよ。鼻輪をとるナスニ・ウサーナの儀式と、頭にかぶりものをするサー・ダークワナの儀式が終わったら、女になったとみなされる。十二歳のとき、私の処女は競りにかけられて、最高価格で落札されたわ。そのあとはこの売春宿で大安売りだけどね」

dollar著者

Photo_sdm_vsinte_4_2 Vikas Swarup
ヴィカス・スワラップ氏プロフィール


1963 年インド北部、アッラーハーバード生まれ。弁護士の家庭に育ち、アッラーハーバード大学で歴史、心理学、哲学を学んだ後、インド外務省に入省。外交官とし てトルコ、アメリカ、エチオピア、イギリスに赴任。高等弁務官代理として南ア、プレトリア勤務を経て、今夏より在大阪インド領事館総領事として日本へ赴任 する。

処女作「ぼくと1ルピーの神様」はイギリス滞在中に執筆。41ヵ国語に翻訳、出版された。2作目は小説「Six Suspects」。アーティストの妻と2人の息子がいる。(2009年現在)

ヴィカス・スワラップ氏インタビュー

――ダニー・ボイル監督は来日記者会見で「もし“クイズ・ミリオネア”の解答者になったら、電話での相談相手を誰にしますか」と聞かれ、「インドのことなら原作者のヴィカス・スワラップさんに電話するよ(笑)」と即答されていました。原作者から見た映画の感想を教えてください。

小説と映画は違うメディアです。その違いを楽しみました。脚本家のサイモンは最初に「あなたの小説は大好きだけど、映画にその全てを写し取ることはできない。でも物語のソウルは忠実に描きます」といってくれた。その約束は守られたと感じました。それにクイズ番組に沿って物語が進むという枠組みは小説のとおり。サイモンが私の小説に映画的な解釈を加えてくれました。同じ物書きとして、彼のクリエビリティに感謝します。だって映画と小説が同じではないからこそ、その両方を楽しめるわけだから。

――映画は少年ジャマールが抱く少女への一途な思いが物語の原動力。小説はタイトルにもある1ルピーコインが愛をもたらしてくれるようですね(笑)。

実際のところは僕の小説には人間の犯してしまう“悪”もたくさん登場します。でもそれと同時に愛の持つ贖罪の力を描きました。“希望”が僕の小説のメッセージなんです。

――ダニー・ボイル監督はインドの持つエネルギー、清濁を飲み込んだスラムの存在に強く惹かれ、それを中心に据えたと語っていました。

それが小説と映画の一番の違いだと思っています。私の物語の主人公ラム・ムハマンド・トーマスはデリー、ムンバイー、アーグラーなど様々なところで暮らし、いろんな人に出会います。イギリス人神父の教会、ギャングや女優の家、オーストラリア大使公邸。タージ・マハルでは日本人観光客相手にガイドもしますよ(笑)。彼の目を通してインドの様々な側面が露わになっていく。ムンバイーのスラム、ダラヴィはその一部なんです。

――脚本家のサイモンがしばらくムンバイーに住んでいた経験が、映画に反映されているのかもしれませんね。だからこそ彼はスラムにこだわったのでしょう。ボリウッド映画はスタジオ撮影か海外ロケが多いですからね。

そうですね。この映画がこんなに受け入れられたのは、インドの監督さえ撮ったことのないムンバイーを捉えているからかもしれません。サイモンがダラヴィを歩き、そこの人と話し、実地で経験したことで生まれたストーリーだからこそ磁力を持つことができたのだと思います。映画からはムンバイーという街、そしてインドという国へのリスペクトを感じますね。

――小説ではさらに広い視野でインドが語られます。政治腐敗、経済格差、児童虐待、売春、宗教対立など、現代のインドが抱える問題、暗部がよりリアルに浮き彫りにされていますね。

はい、リサーチはかなりしました。13問のクイズの答えは、主人公の少年ラム・ムハマンド・トーマスの人生そのものにあるわけですから。孤児院のこと、スラムのこと、クリケットのこと、賭博のこと、ブードゥ教から山岳地帯の民族の売春の慣習まで。でもね、リサーチはあるところまでしか連れて行ってくれない。ストリート・チルドレンの心、考えていることは、自分が彼に共感して感情移入しないと書けないことなんですね。

――外交官というポジションにいるスワラップさんが、対極のストリート・チルドレンの心になるというにはかなりむずかしい作業なのではないでしょうか。

だって人間である限りみな感情というものを持っているでしょう。人を求める心、夢に向かっていく野心、自分が経験した心の動きを思い出し、そこに「もし屋根がない家だったら」「食べるものがなかったらどうしようか」と想像力を膨らませて状況を重ねていきました。リサーチが与えてくれるのはリアリティのある背景だけですからね。

――今はインターネットの発達でそのリサーチだけで、何かを知った気になってしまうという傾向があります。スワラップさんの想像力の源になったのはご自身が経験した喜怒哀楽の感情があったから。異なる立場、違う文化の相手を理解する上の大切なキーワードのような気がします。

究極の教科書は人生そのものだよね。だからインドを知りたかったら、アームチェアー・トラベラーではなく実体験で感じて欲しいですね。私の本はそのための格好のガイドブックになっていると思います(笑)。

――トーマスにしても、決して純粋なだけではない。たくましさ、したたかさを備え、また復讐という負の感情も併せ持つ人間的な少年です。だからこそ、スラムの出身でありながら、クイズの勝利者になることができたのでしょう。

インドには10億の人間がいるから、政治的、社会的状況は様々です。でもみな人生をよりよく生きるための向上心を持って生きています。現状にうちのめされてうつうつと過ごしているひまなんかはない。暴力や貧困のサイクルを壊してよりよい人生、国にしようと立ち向かっている。それがインドの何よりの推進力となっていると信じています。

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