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2008年7月26日 (土)

042『日本アニメーションの力』 津堅信之 初版2004年

85年の歴史を貫く2つの軸

20080717

***** 概要 *****

本書は、日本で最初にアニメーションが制作された大正時代から現在までの日本のアニメの歴史を、一連の流れとしてまとめるとともに、こんにち、世界から注目されている日本アニメの現状について議論するためのたたき台を提供しようという意図のもとに執筆したものである。

***** 読むきっかけ&目的&感想 *****

今、宮崎映画『崖の上のポニョ』が公開されている。で、宮崎作品の社会的ポジションに興味が湧いてきたので、それらしい本を探して借りてみた。

さくら好み ★★★☆☆

面白かった。中でも、手塚治と宮崎駿の関係性(相違と類似)を記した章が、面白かった。「宮崎駿」の特性が、くっきりと浮かび上がってきたからだ。それ以外にも、大正時代既にアニメーションが制作されていた事実など、あたしにとってはビックリする事も書いてあり、アニメ作品をあまり見た事がなくても、単純に楽しめる話も多かった。

***** 覚書 *****

◆元来動かない対象である絵や人形が動くアニメーションという表現の特性

「あらゆる芸術の中で、10秒か20秒で一人の人間の人生を語れるものは、アニメーションをおいて他にないと確信する」 ~イタリアのアニメーション作家 ブルーノ・ボッツェット(1938 - )~

たとえ1秒間であっても、動かないものを動かして見せるのはアニメーション製作者その人であり、しかもその動きのもとになる絵も制作者その人によるものである。映像の中のキャラクターはもちろん、町並みや木立といった背景、雨や風といった自然現象、画面上を流れる時間さえも制作者の手に委ねられている。冒頭で引用したボッツェットの評価は、1秒間の映像に込められる制作者の人間性の濃さを指摘したものとも言えよう。

◆日本で最初のアニメーション

日本人が最初にアニメーションを眼にしたのは、おそらく明治末期から大正初期と考えられており、この時のアニメーションはアメリカやフランスで制作された輸入物であった。これを見た日本画家の寺崎廣業(1866 - 1919)は、アニメーションが人物も花も動物もすべて単純な線で表現されていることに注目し、「アニメーションは我々日本画家にとってはこの上ない参考となる」という評を残している。

日本で最初にアニメーションが制作されたのは、1917(大正6)年というのが定説になっている。

Kujira_3◆海外で評価された大藤信郎(1900 - 1961)

くじら (1952 8分) 1927年にモノクロ影絵で撮影した作品を、1952年にカラー影絵で再制作した。カラー影絵という独特の映像世界に、海外から高く評価された。

◆虫プロと東映動画 ~手塚治アニメと宮崎駿アニメの根っこ~

東映動画から虫プロへ流出したスタッフは、当時東映動画内で盛んになりはじめた組合活動を好ましく思っていないか興味がない面々であり、同時に作家意識の強いスタッフだった。この場合の「作家意識が強い」というのは当事者たちが自らそう表現していたものであり、具体的にどのようなことをもって「作家意識」といったのかは不明だが、性格が異なるスタッフ群に分かれたという点が、東映動画作品と虫プロ作品との性格づけに深く関係することとなった。

つまり、東映動画には、組織活動が作品づくりの精神的な基盤と言えるほどに考えていた集団があり、そこには高畑勲、宮崎駿、大塚康生ら、『ホルスの大冒険』のメインスタッフたちがいた。彼らは一本の作品を個人の仕事として取り上げられることを嫌い、あくまで集団の中の一人として作品制作に関わることが、アニメーションにおける作家性であると認識していた。

しかしながら、そうした集団から育っていった高畑や宮崎は、ある意味で彼らの考えに反して、監督としての彼らの個性を観客に強く意識させる作品を次々と生み出し、後年台頭する押井守などと並んで、カリスマ的な監督主導の作品づくりという、日本アニメの大きな潮流を形成していったのは、ある種の皮肉と言えるかもしれない。

これに対して虫プロでは、彼らがいうところの「作家」であること、個人の存在を意識するスタッフが結集した。この背景には、手塚治という「作家」の存在が強く影響していたことは言うまでもない。東映動画から移籍して虫プロ創設に関わった坂本雄作は、「虫プロは漫画家の第一人者がやるから、作家性を尊重してもらえる」と語ったという。そうした作家手集団が、時折実験アニメーションを制作しながらも、『鉄腕アトム』をテレビアニメで制作するという、最も没個性な仕事に着手することになったのは、これもある種の皮肉である。

◆CGと手描き

元来、アニメーションにおけるデジタル技術とは、3DCGをふんだんに活用した、実在のオブジェクト(物体)のイメージにいかに近づけながら超現実的な映像を作るかという技術であった。アメリカのピクサー社は、1980年代後半からこの分野の第一人者であり、実物さながらの電気スタンドの「親子」が寸劇を演ずる『ルクソー・ジュニア(1987)』は、発表当時、3DCGによるアニメーションの可能性を開いた、衝撃的な作品として記憶された。

以後、アニメーションにおけるデジタル技術は、3DCG技術をどこまで突き詰めるかという方向性でしばらく推移していったのだが、特に我々日本人の観客は、緻密な3DCG映像に感心しながらも、どこか違和感を拭いきれなかったのではないだろうか。

つまり、どんなに凝った映像であっても、それは「アニメーション」もしくは「アニメ」として受け入れ難いものがあり、アニメーション表現のための技術ではなく、技術のための技術とでも言えるような状況にあったからである。それは、単に平板なセルアニメの絵に見慣れていたからというのではなく、手作り品の手触りのよさとでもいうところに、アニメの価値観を求めていたのではないだろうか。

1987年に開催された第二回広島国際アニメーション映画祭の審査員を務めていた手塚治が、会期中にNHKのインタビューで次のような発言を残している。「CGは確かに21世紀の映像言語と言われているんですが、限界がありまして、凝れば凝るほど冷たくなるんです。で、これから15年くらいしたら、おそらくCGの非常に緻密な映像と、手描きのアットホームな映像とがうまくミックスされた作品が出てくると思います。そういうものに期待したいですね」

まさに15年前の発言だが、鋭い指摘である。今でこそ当たり前の認識であろうが、デジタル技術とはあくまで表現の一ツールに過ぎず、表現の結果としてデジタル映像と手描きの映像が合成されることもあるし、全編がデジタル映像になることもあるわけだ。

◆海外から伝わってくる日本アニメの評価は、判然としない場合が実に多い

略。もっとも、以上に紹介してきた日本アニメの世界的な評価は、100パーセント受容できない側面がある。理由は単純で、海外から日本に伝わってくる情報は、どうしても断片的、悪く言えば恣意的なもので、現地における「実状」をどの程度伝えているものなのかが判然としない場合が実に多いからだ。

***** 著者 *****

津堅信之 アニメーション映画史研究家。1968年、兵庫県尼崎市生。近畿大学農学部卒。大学在学中からアニメーション研究に取り組み、都市計画コンサルタント会社勤務を経て、現在フリー。京都精華大学アニメーション学科特任講師、学習院大学大学院人文科学研究科非常勤講師。日本アニメーション学会、日本映像会、日本漫画学会各会員。

主な研究領域は、日本アニメーション映画史、アニメーション文献史。作品、人物に対する批評活動よりも、文献調査、インタビューなどを主体とした実証的研究活動に力を注いでいる。

津堅信之のアニメーション研究資料図書室

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コメント

昨日今日と、涼しい風が入り込んで秋のようです。

この間、ムスメが私に内緒で、ポニョを見に行きました。おもろかった、と。。(二十歳超えているのに。。えーんでしょーか)。うちのムスメらは。。魔女宅、と、トトロが好きのようです。わたしは、宮崎のものではモノノケ姫。

宮崎俊は好きじゃないですね。手塚も、あれほどの実力がありながら、後輩を蹴落とすのに忙しかったとか。。
のらくろ館を紹介します。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~norakuro/sub1/index.htm
田河さん、威厳ありますねー。ジャコメッティみたい。

投稿: 古井戸 | 2008年7月31日 (木) 09時06分

こちらはとっても暑いです。まだまだ、この暑さが続くかと思うと、心が夏バテになりそうです。

あたしは3年前くらいに初めて宮崎作品をDVD鑑賞、その後、度々のTV放映鑑賞によって何か良いなぁと思うようになり、映画館での『崖の上のポニョ』鑑賞で、すっかり“宮崎駿が気になってしかたない人”になってしまいました。いい大人になっているのに、ちょっとヤバイです。(苦笑)

のらくろ館HP、他関連HPも見てみました。愛嬌があり白黒で二足歩行の野良犬というシュールさが、かっこいいですね~。

投稿: さくらスイッチ | 2008年7月31日 (木) 22時38分

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