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2008年6月の10件の記事

2008年6月28日 (土)

036『食料テロリズム』 ヴァンダナ・シヴァ 第1版2006年

カーギル社 「ハチによる花粉の窃盗」  (◎_◎;) ???

モンサント社 「雑草が陽光を盗む」  w(@。@;)w ???

20080628

xxxxx 概要 xxxxx

シヴァは、インドを標的にした西側資本の国際アグリビジネスが、インドの食料生産体制をどのように破壊し、植民地化しようとしているかを、農業、漁業、牧畜を例にとって、具体的に説明してゆきます。農業における「緑の革命」(第1章)、漁業における「青の革命」(第3章)、牧畜業における「白い革命」(第4章)の実態がどのようなものであり、それが宣伝文句とは裏腹に、人々を飢えさせ、生活を破壊し、生命を奪うものであることを、実例に即して具体的に批判します。

ちなみに、原書は2000年に発刊されています。

xxxxx 読むきっかけ&目的&感想 xxxxx

「多国籍企業はいかにして第三世界を飢えさせているか」、という副題に興味を持ったので借りてみた。

さくら好み ★★★☆☆

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2008年6月21日 (土)

035『近代民主主義とその展望』 福田歓一 初版1977年

本論の中で述べたことは

すべて陳腐で常識的な内容を出ていないはずである

むしろ意図的にそのように務め それを狙ったつもりである

20080620

***** 概要 *****

民主主義という言葉が多義的で、ひろくイデオロギーとしてさまざまに使われるのは、政治の世界ではやむを得ないことである。民主主義が万人を当事者とする政治を意味する限り、万人がおのおのの自分の民主主義のイメイジをもつことも、あるいは望ましいことかも知れない。

しかし、民主主義が共同の努力を求める以上、イメイジに共通の部分があってもよい。何よりも、イメイジのちがいが明らかになるためにも、また個性的・独創的なイメイジが提示されるためにも、陳腐で常識的な最小限度のたたき台が役に立つかもしれない。それが本書をまとめた意図なのである。 <あとがきより>

***** 読むきっかけ&目的&感想 *****

あたしの中で「民主主義国家の姿」が漠然とし過ぎていて、???を感じる事が少なくないので、「(日本の)民主主義」をイメージしやすくするために読んだ。

さくら好み ★★★★★

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2008年6月17日 (火)

034『象は鼻が長い』 三上章 初版1960年

「あたりまえすぎること」

20080617

----- 概要 -----

わたしの主語廃止論は成功するか失敗するかです。失敗すれば、むろんそれきりです。成功すれば―だれも主語だの主述関係だの言わなくなり、言わないことがあたりまえ至極になって、そんなあたりまえ至極なことをムキになってのべ立てたかどでわたしは罰金を取られる、ということもないでしょうが、もはや用がなくなって忘れられてしまいます。そういう忘却の光栄を目ざして、わたしはなおムキになりつづけます。 

日本語の文法的手段のうち、最も重要なのはテニヲハです。中でもです。本書は、問題をその一つに絞って、日本文法の土台を明らかにしようとしたものです。代行というのが中心概念の一つになっています。ガノニヲを代行する、というのです。 <本書より>

ちなみに、1960年に第1版が出され、1964年に増補(第3)版、1969年に改定増補(第4)版が出されている。あたしが読んだのは、1989年に出された第18版。

----- 読むきっかけ&目的&感想 -----

金谷武洋の日本語文法論が、面白そうだったので読んでみた。(実際、とても面白かった。) で、彼は自身の日本語論を、三上章の主張を発展したもの、と言っているので、三上章の本『象は鼻が長い』を読んでみることにした。

さくら好み ★★★☆☆

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2008年6月16日 (月)

永遠の別れ

あふれだす水の器をかなしみが   さくらスイッチ

20080616_ajisai

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2008年6月14日 (土)

033『貧困の終焉』 ジェフリー・サックス 第1版2006年

2025年までに貧困問題を解決する

この明確な目標は夢物語ではない

20080614

・・・・・ 概要 ・・・・・

現在、全人類のうち10億人が飢餓・疫病・地理的な孤立のために「貧困の罠」から抜け出せず、1日1ドル未満で生活することを強いられている。そのうち、生きる闘いに破れ、死に追いやられる人は毎日2万人もいる。しかし、人的資源の確保とインフラの整備さえ行われれば、自然と促される経済活動によって貧困を過去のものとすることができるのだ。そして、そのために必要な援助額は先進各国のGNPのたかだか1パーセントに満たない。私たちは、人類史上初めて「貧困問題を解決できる可能性を手にした世代」なのである。

1980年代半ばのボリビアに始まり、ラテンアメリカの各国、東欧革命中のポーランド、解体直後のロシア、インド、中国、アフリカ諸国で経済政策の顧問を務め、トップの政治家たちに助言を与えてきた国際開発の第一人者が、その豊かな経験を振り返りながら、貧困をなくすための方策を明らかにする力強い希望の書。

ちなみに原著は、2005年発刊。

・・・・・ 読むきっかけ&目的&感想 ・・・・・

貧困が無くなるという事は何が始まる事なのか、が知りたくて探した本の一冊。食料不足や石油の高騰が叫ばれる昨今その要因は、投機マネーやバイオ燃料とする以外にも、中国やインドなどの貧しかった国が、目覚しい経済発展をしてきた事にもあると言われている。この経済発展という階段は、中国やインドに限らず、他の極貧といわれる国々だって、いずれ上り始めるに違いない、ような気がする(←無知なので曖昧な言葉になってしまう ^^;)。そうした時に何が起きるのか、というか、もう起きつつある現象なのか、それはどうなっていくのだろうか、・・・という事を想像する糸口になればと思って読んだ。

さくら好み ★★★★★

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2008年6月12日 (木)

032『日本語文法の謎を解く』 金谷武洋 初版2003年

「文法は文化や価値観・発想の違いを反映している」

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***** 概要 *****

日本人の英語下手は言われて久しい。しかし、単語やイディオムの暗記だけでは上達に限界がある。それよりもずっと大切なのは、日本語と英語の「発想法」の違いを正しく把握することだ。日本語が「自然の勢い」を強調するのに対して、英語は「より人為的・意図的」な表現を選ぶ。本書では、日英両語の基本文の比較に端を発して、地名と人名、人称代名詞、主語・主題、自他動詞と受身・使役などをわかりやすく、かつ大胆に解釈しなおす。目からウロコが音を立てて落ちる、新しい日本語論を提唱する。

***** 読むきっかけ&目的&感想 *****

日本語の個性って何だろう、と思って読んだ本。日本語の個性が、性格形成にどんな影響を与えているのかに興味がある。そしてその延長線上で、他言語の個性が、性格形成にどんな影響を与えるかにも興味がある。軽い興味に過ぎないけど、ね。

さくら好み ★★★★★

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2008年6月10日 (火)

031『死刑』 森達也 初版2008年

人は人を殺せる。

でも人は、人を救いたいとも思う。

20080608

・・・・・ 概要 ・・・・・

僕の結論は、きっとあなたに共有はできないと思う。なぜなら人が百人いれば百通りの死刑がある。僕は彼らに会った。そしてあなたはこの本を読んだ。だからあなたの中に、何かが生まれることを願っている。

最後にもう一度書く。みんなが願っている。遺族も、死刑囚も、廃止派も、存置派も、刑務官も、教誨師も、元裁判官も、元検事も、弁護士も、そして僕も、きっとあなたも。願いはかなえたい。かなえよう。今よりも少しでも良い社会にすること。それはきっと、いや絶対に不可能ではない。

・・・・・ 読むきっかけ&目的&感想 ・・・・・

「死刑廃止派」の人が、何故そう考えるのか知りたくて読んだ一冊。

「国家による殺人=死刑」を認めないというのが近代国家のあるべき姿、EUの加入条件の一つに死刑執行停止がある、死刑を存置しているいわゆる先進国は日本以外はアメリカしかない、らしい。でもあたしは、「死刑廃止」というのがシックリこない。どれだけ人を殺しても無期懲役、つまり、国家に命を守られ、税金で日々の暮らしを保障され、20年もすれば仮釈放される、そんなのってありなの???、なんてあたしは思う。仮に、文字通りの終身刑が導入されても、そう思う。死刑は廃止すべきだ!!、と考える人は日本にも少数ながら存在するし、どうやら世界的に見ればそう考える人の方が多数みたいだ。何故? そんな疑問の答えの糸口になればと思って手にした一冊。 。。

さくら好み ★★★★☆

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2008年6月 6日 (金)

030『エンツォ・フェラーリ F1の帝王と呼ばれた男。』 ブロック・イェイツ 第1版1991年

今までエンツォ・フェラーリは

他者の言葉で書かれたことは一度もなかった

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・・・・・ 概要 ・・・・・

ヨーロッパ近代末期に生まれたカーレースというスポーツは人間の官能を刺激して人気を集めたが、まるで戦争のように人命を奪うスポーツでもあった。誤解をおそれずに言えば、エンツォ・フェラーリはこの強烈な快楽を人生とさだめたのだ。そして放埓を愛し、孤独に甘んじた。

人と人が、技術と、チームとチームが、時には国家と国家がモータースポーツを舞台にしてぶつかり合い覇者になろうとした。1920年代にはアメリカで大衆的なモータリゼーションが起こり、第二次世界大戦が勃発し、戦後は自動車が世界のすみずみまで普及した。その歴史のなかでエンツォ・フェラーリは逞しく生き抜いてみせた。これがフェラーリの神話を生んだ自動車の時代である。

ブロック・イェイは、このエンツォ・フェラーリの人生を7年間にわたって丹念に」取材し調査して得た事実を並べてこの伝記を書き上げた。それがフェラーリ神話を解体することになった。なぜならば、エンツォ・フェラーリは、自分の社会的人格を通して巧みに形成し、その仕上げとして回想録を自家出版し続けた。あるいはまた自分がコントロールできるライターに自伝を書くことを許可した。フェラーリの神話はこうして作り出されたのである。つまりエンツォ・フェラーリは他者の言葉で書かれたことは一度もなかったのである。 <本書 解説 より抜粋>

・・・・・ 読むきっかけ&目的&感想 ・・・・・

F1GP2008も全18レース中の3分の1が終わった。あたしは深夜のTV放送を毎回録画して楽しんでいる。スーパー・アグリが資金繰りに詰まり撤退を余儀なくされたため、出場は全10チームになったが、その中でスクーデリア・フェラーリは別格の感がある。

で、なんとなく、「フェラーリ」の生い立ちやカリスマ的人気を得るに至った経緯が知りたいなぁ、なんて思って探した本。

ちなみにあたしは、フェラーリ・ドライバーのアイスマンことキミ・ライコネンが好き。ミーハーなF1ファンです、はい。^^;

さくら好み ★★★☆☆

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2008年6月 4日 (水)

029『日英語の比較 発想・背景・文化』 日英言語文化研究会 初版2005年

英語は強弱、強勢拍♪   日本語は高低、モーラ拍♪

20080603

EEEEE 概要 EEEEE

本書は、表現、語彙、文法、音声からことわざ、文芸、教育までの広い分野を包括し、執筆者は日英語比較研究の草分け的存在の方から新進気鋭の研究者にいたるまで、それぞれの分野で一流の方々をそろえることができたと自負しております。英語教育に携わる方をはじめ、言語学、英語教育の研究者ならびに日英語の比較について専門的に研究したいと思う学生諸君に、本書を活用して頂きたいと望んでおります。 <本書 はしがき より抜粋>

EEEEE 読むきっかけ&目的&感想 EEEEE

日本語の個性、ってのに興味があって読んだ。本書の編集者や著者の望む読者像↑とは違う目的だ。二つの言語を操る事が出来る人って、「話す(考える)言語が変わると、性格も変わる」と言う。これって、言語に要因があるんじゃなくて、その言語を使う環境(社会)に要因があると思ってた。今でもそう思ってるけど、それだけじゃない部分もやっぱあるんだよね、きっと。で、日本語が他の言語とは違っているトコロを知りたくなって、探した本の中の一冊。

さくら好み ★★★☆☆

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2008年6月 1日 (日)

028『全国アホ・バカ分布考』 松本修 初版1993年

東京の人は「バカ」といい 大阪の人は「アホ」という

しかし 「人をバカにするな」の関西弁は 「人をバカにするな」 
「アホ」によって関西で滅ぼされたのは 「バカ」という単独の用法だけ

ねじはバカになっても けっしてアホにはならない

20080601

勉強のできる子を 東京では「カシコイ」といい 大阪では「リコウ」という
 

***** 概要 *****

「私は大阪生まれ、妻は東京出身です。二人で言い争うとき、私は『アホ』といい、妻は『バカ』と言います。耳慣れない言葉で、お互い大変に傷つきます。ふと東京と大阪の間に、『アホ』と『バカ』の境界線があるのではないか? と気づきました。地味な調査で申しわけありませんが、東京からどこまでが『バカ』で、どこからが『アホ』なのか、調べてください」

1990年1月、TV番組「探偵!ナイトスクープ」にきた調査依頼、それが後の大調査の記念すべき第一歩になった。 。。

このような「つまらない言葉」にも、いにしえの京でめまぐるしく流行り言葉が生まれ、そして忘れられていった偉大な歴史があったこと、すなわち、限られた文献などではとうてい計り知ることのできない、豊かな話し言葉の世界がこの日本で育まれ続けてきたのだという事実をまのあたりにして、きっと深い感慨を抱かれることだろう。

***** 読むきっかけ&目的&感想 *****

本のタイトルに惹かれて読んでみた。方言民俗学、なんていうと堅苦しいけど、扱う言葉が「アホ・バカ」だとちょっと面白そうな気がしたんだよね。^^♪

松本清張原作で黒澤明監督が映画化した『砂の器』を観たとき、ズーズー弁というのが手掛かりのひとつだった。当然、東北の人間だと思って探すんだけど全く進展しない。で、実は出雲地方でもズーズー弁が使われていた、という事が分かる。なんてくだりがあったんだけど、これを観てあたしは、同じようなイントネーションが南にも北もあるなんて方言分布って面白いなぁ、と思った。その記憶があったから、余計に「アホ・バカ分布」に興味を持った。

さくら好み ★★★★★

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