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2008年6月14日 (土)

033『貧困の終焉』 ジェフリー・サックス 第1版2006年

2025年までに貧困問題を解決する

この明確な目標は夢物語ではない

20080614

・・・・・ 概要 ・・・・・

現在、全人類のうち10億人が飢餓・疫病・地理的な孤立のために「貧困の罠」から抜け出せず、1日1ドル未満で生活することを強いられている。そのうち、生きる闘いに破れ、死に追いやられる人は毎日2万人もいる。しかし、人的資源の確保とインフラの整備さえ行われれば、自然と促される経済活動によって貧困を過去のものとすることができるのだ。そして、そのために必要な援助額は先進各国のGNPのたかだか1パーセントに満たない。私たちは、人類史上初めて「貧困問題を解決できる可能性を手にした世代」なのである。

1980年代半ばのボリビアに始まり、ラテンアメリカの各国、東欧革命中のポーランド、解体直後のロシア、インド、中国、アフリカ諸国で経済政策の顧問を務め、トップの政治家たちに助言を与えてきた国際開発の第一人者が、その豊かな経験を振り返りながら、貧困をなくすための方策を明らかにする力強い希望の書。

ちなみに原著は、2005年発刊。

・・・・・ 読むきっかけ&目的&感想 ・・・・・

貧困が無くなるという事は何が始まる事なのか、が知りたくて探した本の一冊。食料不足や石油の高騰が叫ばれる昨今その要因は、投機マネーやバイオ燃料とする以外にも、中国やインドなどの貧しかった国が、目覚しい経済発展をしてきた事にもあると言われている。この経済発展という階段は、中国やインドに限らず、他の極貧といわれる国々だって、いずれ上り始めるに違いない、ような気がする(←無知なので曖昧な言葉になってしまう ^^;)。そうした時に何が起きるのか、というか、もう起きつつある現象なのか、それはどうなっていくのだろうか、・・・という事を想像する糸口になればと思って読んだ。

さくら好み ★★★★★

すごく面白かった。めずらしく流し読みじゃなくて、ジックリ時間を掛けて読んでしまった。まぁ、時間を掛けたからと言って、理解しきれた分けではないけどね(笑)。

この本を読んで、自分の認識を新たにした事がいくつかあった。「極度の貧困」とはそもそも何なのか・何故抜け出せないのかという事、知らないうちに抱いていた貧しい国に対するイメージ(一部を全てのように思っていたり、情報が古かったりする事などによる漠然とした認識)が偏見だという事、なぜ貧しい国を援助すべきなのかという事、などについてだ。

著者の言葉は、机上の学説ではなく実世界と関わっている上での主張なので、物凄く臨場感がある。「貧困の撲滅」という「人類の目標」に対して、著者はアメリカの対応を嘆きながらも、アメリカの重要性を説いている。そして著者は主張するだけではなく、実現させようと行動している。著者の主張から伺える信念とも言える強い姿勢には、感嘆の念さえ覚えた。

ある意味「理想論」だけど、理想を指針とした「現実論」じゃないと、現実世界は良くなっていかないからね。貧困が無くなるという事は何が始まる事なのか、を想像するいい糸口が掴めた本だった。

・・・・・ 覚書 ・・・・・

◆<開発の梯子にいちばん下に手を掛けることさえ出来ない国・マラウイ> 防ぐ方法も治療法も分かっているのに人命が失われる・・・

マラウイの首都リロングウェイから約一時間の距離にある小さな村ンサンディア。彼女はエプロンのポケットから、手のひら一杯ほどの腐りかけて虫のわいた粟をとりだした。これが今夜の夕食の材料だという。子供たちがその日食べるたった一度の食事である。

私は子供たちの健康状態について訊いてみる。彼女は4歳くらいの女の子を指さして、先週マラリアにかかったという。孫を背負って10キロほど離れた病院までつれていった。祖母と孫―高熱を出していた―は翌日また来るようにいわれて家に帰された。

翌日、また10キロの道を歩いて病院に着くと、まるで小さな奇跡のようにその日はキニーネが入っていたので治療してもらい、命をとりとめた。だが、危ういところだった。そのまま一日か二日放置していたら、子供は脳マラリアで昏睡状態に陥り、死んでいただろう。アフリカの子供の百万人以上、おそらく三百万人ほどが、毎年マラリアで命を落としている。

◆<開発の梯子のいちばん下の段に足をかけたばかりの国・バングラデシュ> 労働搾取(低賃金・長労働時間)は反グローバル化運動の抗議の的になっているが、(労働条件は改善されていくべきだが)そのような仕事はむしろ増えたほうがいい。 。。

バングラデシュを訪問したあるとき、私は英字新聞の朝刊を手にし、アパレル業界で働く若い女性たちへの長文インタビュー記事を読んだ。その内容は感動的で興味深く、意表をつくものだった。一人一人が激務の辛さや労働条件の厳しさ、ハラスメントについて語っていた。だが、その記事で最も強く印象に残り、また予想外だったのは、彼女たちがこの仕事をそれまで考えられなかった大きなチャンスだと思っていて、これによって生活がよりよく変わったとくりかえし述べていることである。

インタビューを受けた女性たちのほとんど全員が地方出身で、とても貧しく、読み書きができす、学校にも行かれず、長期におよぶ飢えと高圧的な家父長制のなかで心身ともに疲弊していた。彼女たち(そして、それより前の1970年代と1980年代の女性たち)が村にとどまっていたら、父親の決めた相手と結婚させられ、17歳か18歳で子供を産まざるをえなかっただろう。仕事のために都会まで歩いてくるようになって、若い女性はこれまで前例のなかった個人の自由を獲得する機会をつかんだのだ。

◆<開発の梯子をいちばん下から何段か上った国・インド> IT革命が職場を創出。英語が話せること、アメリカとの時差を利用。

インドのチェンナイの情報テクノロジーセンターでコンピューターのディスプレイに向かっている若い女性は、新しいインドを象徴する労働者である。私はその肩越しにディスプレイを覗き込んでいる。チェンナイはインドIT革命の中心地で、10億の人口を抱えるこの広大な国に予想外の経済成長をもたらすきっかけになった都市でもある。IT革命が創出した職場は、高等教育を受けた若いインド人女性にとっては標準となりつつある。

◆<開発の梯子をいちばん下から何段か上った国・中国> ここがロンドンやニューヨーク、あるいはパリか東京だったら、これほど驚きはしなかった・・・

ある夜、私は若いカップル―二人とも正真正銘の都会っ子で専門職についている―に招待され、北京一のトレンディスポットにつれていかれた。毛沢東時代の改革派オペラをレトロ趣味で再現したものらしい。客席はスマートなスーツ姿のヤング・エグゼクティブで満員だ。どのテーブルにも最低1個、たいていは5、6個の携帯電話が置かれている。やり手のビジネスマンやビジネスウーマンのもとには、いつなんどきクライアントやオフィスから電話がかかってくるかもしれないのだ。目の片隅でオペラをうかがっていた私に、招待主の二人は買ったばかりだという新しいカメラ付き携帯電話を見せてくれた。故国アメリカではまだこんな機能は見たことがない。

ここがロンドンやニューヨーク、あるいはパリか東京だったら、これほど驚きはしなかった。だが、ここは25年前にようやく文化革命の混沌を抜け出て、毛沢東のもとでの苦しい数十年をすごした国なのだ。たった一世代で、中国は世界の経済と通称において無視しがたい存在になりつつある。

◆貧困の定義

貧困は3つに分けられる―極度の貧困(絶対的貧困)、中程度の貧困、相対的な貧困である。

極度の貧困とは生存するのに最低必要なものを得られない状態をいう。長期にわたって飢えに苦しみ、必要な医療が受けられず、安全な飲料水や衛生設備をもたず、子供たちは十分な教育が受けられず、住む場所も最低限の条件を満たしておらず―雨漏りのする小屋、料理の煙を家に充満させる煙突など―靴や服のような生活必需品さえない。中程度の貧困や相対的な貧困と違って、極度の貧困は開発途上国にしか存在しない。

中程度の貧困とは一般に、基本的な要求は満たされているものの、少しの余裕もないぎりぎりの状態をさす。

相対的貧困は、一家の収入がその国の平均よりも低い場合をいう。高所得の国において相対的貧困とみなされる人びとは、文化的な商品、娯楽、レクリエーション、質のよい医療と教育など、社会的に上位にある人びとが享受している特権から排除されている。

◆「貧困の終焉」とは? ミレニアム宣言達成に向けて・・・

私のいう「貧困の終焉」とは密接に関連した2つのことを意味する。一つは、極度の貧困にあって生存のために毎日闘っている全人類の6分の1の苦しみを終わらせること。地球上のすべての人は、生きのびて幸福で健全な社会生活を営むための必要最低限の食べもの、保健、飲料水、衛生設備、家などをもつ権利があり、それができなければいけない。

二つ目は、中程度の貧困も含めた世界中の貧しい人びと全員に、開発の梯子を昇れるように機会を与えることである。グローバルな社会の一員として、私たちは経済という国際的なゲームのルールを不公正なものにしてはいけない。たとえば、不適切な開発援助や保護貿易というバリア、グローバルな金融取引の不安定さ、知的財産の不備といったことは、梯子の下のほうに―意図してか、または意図せずにか―落とし穴をしかけるようなもので、梯子を昇ろうとする開発途上国への妨害にほかならない。

極度の貧困を撲滅することは可能だ―私たちが生きているあいだにできる―が、その成否は、私たちがすぐ目の前にある歴史的なチャンスをつかめるかそうかにかかっている。その目標に向けてすでに一歩を踏み出した大胆な例もある―ミレニアム開発目標は国連に参加する191ヶ国が全員一致で2002年に採択・著名した国連ミレニアム宣言にもとづき、8つの目標を掲げている。1990年を基準として2015年までに貧困を半減させるには、これら8つの目標がとても重要だ。むずかしい目標ではあるが、けっして達成不可能ではない。

ミレニアム開発目標

1. 極度の貧困と飢餓の撲滅
2. 普遍的初等教育の達成
3. ジェンダーの平等の推進と女性の地位向上
4. 幼児死亡率の削減
5. 妊産婦の健康の改善
6. HIV/エイズ、マラリアその他疾病の蔓延防止
7. 環境の持続可能性の確保
8. 開発のためのグローバル・パートナーシップの推進

◆200年前には、極度の貧困を根絶できるかもしれないなどという考えは夢物語も同然だった。

世界が同じように貧しかった状態から、さまざまな度合いで貧富の差が生じるまでは、人類の歴史のなかではあっというまだった。200年前には、極度の貧困を根絶できるかもしれないなどという考えは夢物語も同然だった。ほぼ全員が貧しく、貧乏でないのはごく少数の支配者や大地主だけだった。ヨーロッパの暮らしも、インドや中国の暮らしと同じくらい苦しかった。

今日の富める国と貧しい国のあいだに差がついたのは比較的最近のことであり、大きなギャップが生じるようになったのは、近代成長時代の時代だった。

◆誰かが勝つにはかならず誰かが負けるというルールではない。

金持ちが富を蓄積するには、貧乏人がますます貧乏に'ならなければいけない'と考える人は多い。それは世界総生産がつねに一定であれば理にかなっていて、豊かな地域の増加分と貧しい地域の減少分がほぼ同じになるだろう。ところが現実は大違い。世界総生産はほぼ50倍になっているのだ。世界中のその地域もなんらかの経済成長を経験したが、そのなかでも、ある地域だけが突出して大きな成長率を示したのである。近代経済で肝心なのは、ある地域から別の地域への富の移行―力によるにしろ、別の方法によるにしろ―ではなく、むしろ世界総所得の全体的な増加である。むろん、地域によって成長率は異なるだろうが。

(だからといって、富めるものが貧しい者を食いものにしてきたという非難を帳消しにするつもりはない。たしかにそれは事実だし、貧しい国々はいまだに政情不安を初めとするさまざまな後遺症に苦しんでいる。)

今日の開発途上国を含めて、世界中のあらゆる地域は科学技術の進歩という恩恵を享受できる―これは大きな希望となる。経済はゼロサム・ゲームではない。誰かが勝つにはかならず誰かが負けるというルールではないのだ。このゲームでは全員が勝者になれる。

◆いちばん下の段に足がかかる程度の資本を投じればいい・・・

貧困国に対する経済開発プログラムの目標は、梯子のいちばん下の段に足をかけられるよう助けることである。豊かな国は、貧しい国が金持ちになれるだけの資本を投下せよと求められているわけではない。ただ、いちばん下の段に足がかかる程度の資本を投じればいいのだ。そのあとは、経済成長のダイナミズムによって、おのずと上昇運動が始まる。

◆経済顧問として奮闘した10年。 1985年~1995年(著者31歳~41歳)

1985年ボリビアの経済顧問として呼ばれ、そのハイパーインフレーションを終わらせ、安定化に成功し、経済成長を果たしたことがきっかけで、私のアイデアが国際社会の注目を集めた。そのため私は、アルゼンチン、ブラジル、ベネズエラ、ペルーなどの経済顧問として呼ばれるようになる。やがて、この仕事を通じて、1989年にポーランドから予期せぬ電話があり、招待されることになった。その後1991年、ロシアに招かれてロシアの改革プラン作成にとりくんだ。1992年以後は、私は定期的に中国を訪れ、中国経済学会の顧問になった。1994年半ば、私はニューデリー(インド)に招かれて政府閣僚と会い、グローバリゼーションと世界各地の経済改革について一連の公開抗議をした。

そして1995年からアフリカで仕事を始める・・・

◆貧しい国の多くは改革するふりをし、先進国のほうも貧しい国を援助するふりだけしている。

低所得国の多くでは、改革の動きはただの形式ばかりで、ほとんど実効はなく、期待もされていない。一方、援助する側は、国家的なスケールどころか、象徴的な意味でしか援助計画をとらえておらず、新聞の見出しになればそれでいいと考えているようだ。

◆間違った神話、効かない万能薬  ― アフリカを例にして

・金をどぶに捨てるようなもの?
・援助プログラムはアフリカでは必ず失敗する?
・腐敗がはびこっている?
・民主主義の不在?
・近代的な価値観の欠如?
・経済自由化の必要性?
・モラルが低い?
・子供たちの命を救っても腹を空かした大人になるだけ?
・上げ潮はすべての船を押しあげる?
・生存競争? ―社会ダーウィン説

◆アメリカ国民の思い込み

・貧しい人びとを救うために、これまで可能なかぎり努力してきたという思い込み。

・きっとアメリカ軍が国の安全を守ってくれるだろうから、世界が不安定でもかまわないという考えだ。テロリスト本人が裕福か貧しいか、または中流にかかわりなく、彼らの集結地―作戦基地―は不安定な社会であり、そこには貧困、失業、人口の急増、飢え、失望が溢れている。そんな不安定さを生みだした根本的な原因を解決しなければ、テロは抑止できない。

・「文明の衝突」も誤解だ。世界が文明戦争に突入しているという考えだ。

◆経済発展の支えが安全保障の支援になる

一般論として、経済の破綻は国家の破綻につながることが多い。国家が破綻すると、その国の内部ばかりか、国外にも問題を波及させることが多い。歴史を通じて、破綻国家は、暴力、テロリズム、国際犯罪、大量移民、難民移動、麻薬密売、病症の温床になってきた。アメリカとヨーロッパ、そして日本などの高所得国が破綻国家への対応にかける時間を減らしたいなら、破綻経済の数を大きく減らせばいい。

破綻した国家がアメリカとヨーロッパの安全保障を脅かし、経済発展の支えが安全保障の支援になるという考え方は、過激な左翼思想ではない。これらは戦略分析の一般議題にさえなっている。問題は、貧困と安全保障に関連があるかどうかではなく、これを実行できるかどうかだ。ここ数十年のアメリカの開発政策は、貧困問題に対して実際に供与された援助の量よりも、コメントの量で計ったほうがいいくらいだ。

◆反グローバル化運動はグローバル推進運動をするべき

反グローバル化運動は注目の的となった。私が思うに、この運動はよい結果をもたらした。グローバル・ガバナンスの偽善や目にあまる欠点をあばき、金と権力をもった人びとの自己満足の時代に終止符を打ったことには拍手を送りたい。

とはいっても、反グローバル化運動のリーダーたちがいうことのほとんどに、私は反対する。反グローバル化運動は正当な道義的義憤で推進されたが、うわべだけを見てターゲットを攻撃しがちなところが欠点というのが私の意見である。この運動の核には、なにがなんでも企業が悪いという敵意がある。マイクロソフト、コカコーラ、マクドナルド、ファイザー、シェル・グループなど―これでもごく一部である―の多国籍企業が悪者であり、彼らが極貧と環境劣化を引き起こしているというのだ。グループの抗議文を見ると、彼らは古典的な保護貿易政策を支持しているようだが、それは金持ち企業の搾取から貧しい国を守るという古臭い理由からである。彼らのおもな標的は、世界貿易機構(WTO)である。抗議グループにいわせると、国際ビジネスを牛耳る大企業の手先だからだ。

反グローバル化運動も、そろそろ気づくべきだ。ほかならぬグローバル化こそが、インドの極貧人口を2億人も減らしたのだ。1990年以降の中国では3億人も減った。多国籍企業に搾取されるどころか、インドや中国、その他の貧困国は、海外直接投資(FDI)と、それに続く輸出主導型の成長によって、かつてないほど急速な経済成長をとげてきたではないか。

それでは、反グローバル化運動はなぜ、貿易や企業を目の敵にするのか? 実際のところ、たいていの企業は、不道徳な行為と完全に無縁ではなかったからだ。抗議グループは、企業の悪習や腐敗をあばきだし、一掃することに成功した。抗議グループの見たものが投資家の反感を呼び起こし、そこから会社の評価の下落にいたる道筋はよくわかっている。

最後にいえるのは、反グローバル化運動がめざすべきは、熱心なとりくみと道義心のすべてをグローバル推進運動に注ぎ込むことではないだろうか。ただし、それは貧困層への援助、地球の環境問題、民主主義の普及を目的としたグローバル化でなければならない。

◆アメリカは方向転換を迫られるだろう

アメリカは大国幻想と単独行動の癖を捨て、多国間協議に参加することによって国際社会の一員にならなければいけない。

◆今後の課題  ― ミレニアム開発目標

・貧困をなくすことを約束する。 ― 2015までに貧困を半減に、2025年までに極度の貧困をなくす。

・実行計画を持つ。 ― ミレニアム・プロジェクト。

・貧しい人びとの声を届かせる。

・世界のリーダーとしてのアメリカの役割を回復させる。

・IMFと世界銀行を救う。

・国連を強化する。

・科学をグローバルに活用する。

・持続可能な開発を促進する。

・一人一人が熱意をもってとりくむ

◆中程度の貧困(赤色)と極度の貧困(茶色)  2004年

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◆1人あたりの年間平均GDP(国内総生産)の増加率  (1980-2000年)

・赤 -2.5%以下 ・ピンク -2.5%~0% ・薄紫 0%~2.5% ・濃紫 2.5%以上   

20080614_3

・・・・・ 著者 ・・・・・

ジェフリー・サックス(Jeffrey David Sachs、1954年11月5日 - )

Jeffrey_sachs 経済学者で国際開発の第一人者。1980年ハーバード大学博士号取得後、同大学経済学部助教授となり、1984年には29歳の若さで教授となる。20年間ハーバードに所属し、同大学国際開発センター所長を務めた。現在は、コロンビア大学地球研究所所長。または途上国政府や世界銀行ほか各国際機関のアドバイザーを務めており、開発途上国を支援するために発足した国連ミレニアム・プロジェクトにおいては、同教授がコフィ・アナン事務総長の依頼を受け、プロジェクトの長を務めた。

Wiki ・ミシガン州デトロイト市生まれのアメリカ合衆国の経済学者。コロンビア大学地球研究所長(Earth Institute)で、国連ミレニアムプロジェクトのディレクターも兼務している。他に、National Bureau of Economic Research研究員、Millenium Promiseの代表および共同創設者でもある。Clinical Economicsと称する医師が患者の病気を診断するのと同じように、途上国の現状を詳しく分析しそれに適した途上国経済開発の援助をすべきだと提唱している。その中でも、アフリカ諸国の経済においては、特に、AIDSやマラリア等の医療援助が経済発展にに欠かせないとし、医療分野への援助、投資等を推奨している。

これまで、ラテンアメリカ、東欧、旧ユーゴスラビア、ロシア政府の経済顧問を歴任、特にボリビア、ポーランド、ロシアの経済危機への解決策のアドバイスやIMF、世界銀行、OECD、WHO、国連開発計画等の国際機関を通じた貧困対策、債務削減、エイズ対策等への積極的な活動で知られる。タイムマガジンの世界で最も影響力のある100人に連続してノミネートされている唯一の学者でもある。2008年大統領選挙に同氏を擁立する目的のNGOが設立された。小児科医でもあるソニア夫人との間に一男二女がいる。

ちなみに2008年5月28日から3日間、横浜で開かれた「第4回アフリカ開発会議」にあわせて、来日していたみたいですね。^^

追記: ロシア語同時通訳の第一人者だった米原万里が著した『魔女の1ダース』で、ジェフリー・サックスの「処方箋」を、【その視野の狭さ、傲慢な押しつけがましさ、無知ゆえの自信過剰と独りよがり、異なる文化や歴史的背景に対する信じがたいほどの想像力の欠如というのは、はた迷惑も甚だしい】と辛辣に評していた。

20080607

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