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2008年6月 1日 (日)

028『全国アホ・バカ分布考』 松本修 初版1993年

東京の人は「バカ」といい 大阪の人は「アホ」という

しかし 「人をバカにするな」の関西弁は 「人をバカにするな」 
「アホ」によって関西で滅ぼされたのは 「バカ」という単独の用法だけ

ねじはバカになっても けっしてアホにはならない

20080601

勉強のできる子を 東京では「カシコイ」といい 大阪では「リコウ」という
 

***** 概要 *****

「私は大阪生まれ、妻は東京出身です。二人で言い争うとき、私は『アホ』といい、妻は『バカ』と言います。耳慣れない言葉で、お互い大変に傷つきます。ふと東京と大阪の間に、『アホ』と『バカ』の境界線があるのではないか? と気づきました。地味な調査で申しわけありませんが、東京からどこまでが『バカ』で、どこからが『アホ』なのか、調べてください」

1990年1月、TV番組「探偵!ナイトスクープ」にきた調査依頼、それが後の大調査の記念すべき第一歩になった。 。。

このような「つまらない言葉」にも、いにしえの京でめまぐるしく流行り言葉が生まれ、そして忘れられていった偉大な歴史があったこと、すなわち、限られた文献などではとうてい計り知ることのできない、豊かな話し言葉の世界がこの日本で育まれ続けてきたのだという事実をまのあたりにして、きっと深い感慨を抱かれることだろう。

***** 読むきっかけ&目的&感想 *****

本のタイトルに惹かれて読んでみた。方言民俗学、なんていうと堅苦しいけど、扱う言葉が「アホ・バカ」だとちょっと面白そうな気がしたんだよね。^^♪

松本清張原作で黒澤明監督が映画化した『砂の器』を観たとき、ズーズー弁というのが手掛かりのひとつだった。当然、東北の人間だと思って探すんだけど全く進展しない。で、実は出雲地方でもズーズー弁が使われていた、という事が分かる。なんてくだりがあったんだけど、これを観てあたしは、同じようなイントネーションが南にも北もあるなんて方言分布って面白いなぁ、と思った。その記憶があったから、余計に「アホ・バカ分布」に興味を持った。

さくら好み ★★★★★

楽しい本だった。「アホ・バカ」って歴史的にこんなに深い言葉だったのねぇ、、、類系の言葉って日本にこんなに沢山あるのねぇ、、、驚くと共に感心しちゃいました。そして、そういう方言民俗学的な事も面白かったけど、素人だった著者が学会で研究発表までするようになっていく過程も面白かった。

あと、『砂の器』でズーズー弁を説明した言語学者のモデルになった柴田武先生が、この本に登場した時は嬉しかった。柴田先生に著者が褒められるシーンを、余計に好ましく感じた(笑)。

***** 覚書 *****

◆方言周圏論

昔、京の都でひとつの魅力的な表現が流行すると、やがてそれは地方に向けてじわじわと広がっていった。つまり「言葉は旅をした」のである。そして、次にまた新しい表現が京で流行ると、これもまたあとを追って地方に旅立つ。ちょうど池に石を投げ込むと、波紋が丸い円を描いて広がってゆくように、言葉もまた都から同心円の輪を広げながら、遠くへ遠くへと伝わっていった。人が移住して言葉が広まったのではなく、人から人へ口伝てに都言葉が伝播していったのである。今なら新しい言葉はテレビや新聞・雑誌によって一瞬にして全国にばらまかれるが、そんな便利なもののない昔は、あたかも「地を這うような」、ゆっくりとした伝播であった。

「古語は辺境に残る」ということは、はるか昔から感ずかれていた。しかし柳田國男はさらに、その残り方にも規則性があって、より古い時代に都で使われた言葉ほど遠い地方に残り、順々に新しい言葉ほど都に近いところに残っていることを示したのである。東北と九州にはとりわけ古い言葉が残され、さらに琉球列島には、まだ日本が統一される以前の、いちばん古い日本の言葉、日本祖語が貯えられているというのであった。

◆京都の地位

これまで一般に、私たち自身がそう理解していたように、「アホ」と「バカ」は、日本の東と西に対立している言葉であると考えられることが少なくなかった。また一方で、文献だけを根拠に、「アホ」のほうが古い時代に広まり、「バカ」がずっとのちになって広まったとも考えられてきた。

しかし、これらの理解はいずれも誤りだったのだ。

東京や九州の「バカ」は、やはり京の古語だった。京都から遠く離れた地域ほど、古い時代の京の言葉を使っている。そして「バカ」は、京都から半径およそ200キロ以遠にのみ、濃厚に分布していた。東京語・標準語にしても、おそらくは京の古語の宝庫であるに違いない。

今や一地方都市でしかありえない京都が、かつて永い期間、言葉、すなわち文化の強力   な発信基地であり続けたということ自体に、私は驚嘆せざるを得なかった。この事実は、古代から中世を通して、人口の多い華やかな大都会は、京都しかなかったことを意味している。

今から400年前まで、東京も大阪も人影まばらな田舎だった。残りの日本もすべて、政治や経済の面ばかりでなく、文化の面でも京都にはとても太刀打ちできなかったのだ。

歴史書の語るところによれば、平安から室町にかけて、京都は世界最大級の都市であり、最高50万前後の人口を擁していた。ロンドンやパリがわずか数万から十数万の人口しかなかったと思われるころのことである。江戸中期にいたってようやく、江戸が上方に対抗する文化の新たな発信基地として台頭するまで、京都が一千年間、輝ける花の都であり続けたということを、なによりもこの「全国アホ・バカ分布図」が、力強く、明快に主張しているのであった。

200806011

◆琉球方言圏の「フリムン(プリムス)」の語源は「ふれもの(気がふれたもの)」ではなく正しくは「ほれもの(惚れ者)」。

◆昔は「方言禁止令」というものがあり、学校で方言をしゃべると、首から「方言札」をぶらさげられた。

◆日本人はなぜ、人をけなすためにこのように表現のユニークさを競い、またセンスを争ったのだろうか?

それは古来、人の失敗や愚かしさを「ぼんやり者」や「間抜け」の意味でけなして笑うことが、とても面白い楽しみだったからだろう。つまりアホ・バカ表現は、喧嘩に便利なように、相手をただ深く傷つけるためだけに用いられてきたのではないということだ。もっと多く、それは日常の楽しみのためにあった。

ある失敗談を仲間たちに話したら、みんな私をバカにして大笑いした。「まるで田倉田やまへんか」。笑われて、かえって私は心和んだ。

中世や近世の人々も、日々の営みの中で、親しい仲間同士お互いをけなし合い、笑い合うことを好んだのだろう。そうした新しいけなし言葉は、それぞれの時代の都の庶民の息づかいを伝えるものでもあるはずだ。

◆現在のアホ・バカ方言の分布は、いつの時代に成立したものなのだろう?

それは天皇陛下が京を離れ、東京に住まいを移された明治初期のころまでと考えて、大きな誤りはなさそうに思われた。なぜなら明治以降、東京の山の手ことばを基本にして標準語が作られ、これが話し言葉を含めた日本語の規範と定められたからである。

◆バカの語源 アホの語源

・・・・・
「バカ」は白楽天の諷諭詩「君見ずや馬家の宅は尚お猶お存し、宅問題して奉誠園を作すを」、ここからきている。奢りたかぶった末に没落した馬さんの家。馬家のようなやつという意味で「バカモノ」が生まれた。つまり「バカ」は本来、人の徳、人としてあるべき精神の美しさについて問いかけた言葉であった。罵倒語として、この言葉が日本を広く覆っている意味は大きい。裏を返せば、日本人は古くから、清廉な人生を生きたいと願い続けてきた、とも考えるからである。

「アホ」は、もとは中国・江南の「阿呆(アータイまたはアーガイ)」。「呆」という字の意味は「ぼんやり。間の抜けていること」で、この字の頭に親しみの「阿」がついて、「呆ちゃん」つまり「おバカさん」のこと。中国の江南から日明貿易の船でやってきた。
・・・・・

「言葉は、京都から日本を東西に旅したけれど、それ以前に、はるばる中国から、あの東シナ海の波濤を越えて、京に旅してきたというわけですね。」

「馬家は限られた知的教養人にしかわからん言葉やった。つまり『バカ』だけは、生まれついてのお坊ちゃま。すべてのアホ・バカ表現の中で、ずば抜けてインテリジェンスの高い言葉が、実は『バカ』であった。それが今まで、日本で一番『愚か』しい、下賎な言葉やと信じられてきた。まさに歴史のアイロニーと言うべきです」
「今となって思うに、『バカ』という言葉からは、王朝貴族の風雅な、しかも凛とした美意識が、かぎろい立ってくるような気がするなぁ」

「『阿呆』にだけは理屈がない。『呆』であること、すなわち『間の抜けていること』そのものを一音で示す単純明快さなんです。原始時代から中世にかけて日本人はさまざまなアホ・バカ表現を考えてきた。そして考えに考えつくした果てに、ついに中国から『阿呆』を手に入れて、もうこれ以後、新しい表現を考える必要がなくなったのです。それは『阿呆』こそまさに、何千年もかけて日本人が捜し求めてきた、究極のアホ・バカ表現だったからではないでしょうか!」
「しかもです、『ホー』だけでまとめてしまったところに、この言葉の偉大さがある。日本人はずっと『ホ』を求めていたんですよ。ホッとする、ボーッとする、ホッコリする、ホノボノ、ホンワカとした気分。『ホ』のつく言葉は、心や体の弛緩した状態を表しています。そして『ホウケモノ』『ホレモノ』の『ホ』」

***** 著者 *****

松本修

松本 修(まつもと おさむ、1949年11月5日 - )は、朝日放送制作局局長プロデューサー。

滋賀県高島市マキノ町海津出身。1972年、京都大学法学部卒業、朝日放送に入社。『霊感ヤマカン第六感』、『ラブアタック!』をはじめ数々の人気番組を企画、ディレクターを務めた後、1988年には人気番組『探偵!ナイトスクープ』をプロデューサーとして立ち上げた。現在もチーフプロデューサーを務めている。 1991年に、『探偵!ナイトスクープ』の「全国アホ・バカ分布図の完成」編で日本民間放送連盟賞テレビ娯楽部門最優秀賞、ギャラクシー賞選奨、ATP賞グランプリを受賞。

20080528

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コメント

http://hougen.atok.com/gachinko/index.html

アホバカ、だけじゃなく文化がちがいますね。東西、というおおざっぱなくくりじゃなく。ウドンや雑煮のダシ、とか。。関西では、ウドンを御飯のおかずにします。ぶったまげました。カナイ(岐阜)は餅を四角、だとおもっていました。広島(わたし)では、丸くない餅は餅じゃないけん。

正月に上げるのは標準語では、タコ、だが、これをイカ(のぼり)という地域は全国に複雑に分布しています。

これイカに。

投稿: 古井戸 | 2008年6月 1日 (日) 19時51分

★蛸が烏賊!? いや凧が紙鳶! ・・・・・知りませんでした。。ホンと、それイカに? (^u^)プププ 

「東西ガチンコ対決!」のHPも面白かったです。自分が普通だと思っていた事が、県内で少数派だったりしてビックリです。


あたしは愛知に住んでいます。

広島であたしが「!?」と思ったのは、焼きそば入りが「広島焼き」だと思っていたのに、本場の「広島焼き」には焼きそばが入っていなかったこと、お盆にキレイな「盆灯ろう」を立てること、などでしょうか。 。。


この本で面白かった事のひとつが、「方言」が京を中心にして東西に同心で、しかも多重円状に分布しているという事でした。それも明治初期に至るまで。これは、明治初期に至るまでに存在していた日本全国の「方言」は、時間をはるか遡れば全て京の流行言葉だったという事を証明しています。

でも、明治以降の標準語化教育に始まり、メディアの発達によってタイムラグ無くして言葉が全国に伝わる現在に至っては、こういう土地に根ざした言葉は無くなっていく一方です。悪い事だとは思いませんが、寂しい気もします。

投稿: さくらスイッチ | 2008年6月 1日 (日) 23時52分

すべてが同心円じゃないとおもいますけどね。
ローカルなことばや、ローカルな都(小京都)もいっぱいあります。そも、。。明治以前、藩境を民衆はでることができなかった。。ほんとに蛸壺です。
だから、福沢諭吉の塾に学んだ生徒たちは相互に会話が成り立たず、英語で話していた。しかも、ひどいハチオン。
顔=face を福沢らは、fu●k ..と発音していた、といいます。fu●kから、火が出ますね。

で。。しかたなく作ったのが標準語。

昔、受験のため名古屋駅に降り、地下のうどん屋に入った。おばはん、の話すナゴヤ弁にたまげたギャ~~モ。

広島お好み焼き。。ですね(話し出したら止まらない)。ワタシラが学生時に喰ったのは(お好み焼きの起源です)、  ソバ、がメインです(腹を太らせるための食べ物です)。野菜入りは標準(ほとんど、焼きそばなのです。メリケン粉の薄皮で閉じるだけ)。肉入り、卵入り、はそれぞれ、10円増し。これがそもそも、お好み焼きなのです。今、廣島駅の食堂街で喰わすお好み焼きはあきまへん。値段も高いし。人気に甘えている。
クラシックに帰れ、といいたいね。

投稿: 古井戸 | 2008年6月 2日 (月) 00時03分

>お盆にキレイな「盆灯ろう」を立てること。。

これ、確かに店で売っているんですが、お参りした後、ほったらかしだから困るんですよね。。

田舎の実家では、使いません。遠くの親戚の墓にお参りするときには、店で数本買っていきますが。

実家では毎年のことだから、頑丈なガラスとブリキ枠で作った、灯籠を、数本もっていって、蝋燭に火を付けて。。
もちろん、あとで、片付けます。毎年使います。

投稿: 古井戸 | 2008年6月 2日 (月) 00時10分

★フェイスがファッ○!? 爆笑です。(≧∇≦)


あたしは大河ドラマ『篤姫』を見ています。いわゆる知識人といわれる人には「あり得ないキャラクターだ」と不評のようですが、タワケのあたしは毎回楽しく見ています。昨夜放送の「篤姫紀行」では、老中「阿部正弘の城下町~広島県福山市~」を取り上げていました。福沢諭吉より16年早く生まれた阿部正弘も教育に熱心で、備後福山藩に藩校「誠之館」を創設した事を取り上げていました。阿部正弘の「誠之館」も福沢諭吉の「慶應義塾」も、時代や校訓は違っても知的な言葉の発信基地として活躍していたのでしょうね。 。。

この本では「アホ・バカ」表現の他、「カシコイ・リコウ」「~だけど」「兄」「弟」「バカの接尾語」「疲れた」「みにくい」「かわいそう」表現などの、庶民の話し言葉を中心とした同心円分布図が紹介されています。ざっくり言えば、その言葉を京ではどう表現するのが主流だったかの変遷が分かる、「流行語伝播図」のようになっています。

言葉が篭り易い半島の事例、言葉が定着しにくい北海道の事例、言葉が伝播していく過程で土地独特の音韻変化をしていく事例、3世紀~4世紀頃の言葉に語源を辿る事例など等、それらに対する著者の考察・研究は、現代に残る方言の全国的な地理分布を調べてこそ見えるもので、とても興味深いです。こんな研究が可能になったのも、全国的な情報のやりとりが容易くなった現代ならではだし、著者がTVというメディアを使って調査出来るポジションにいた、というのも大きかったと思います。視聴者の他、各県の教育委員会や大学教授にも協力をあおぎ、かなりお金を使って調査したようです(笑)。


あたしが時々行く広島焼き(実際は広島お好み焼き)のお店は、名古屋で最初の広島焼き専門店といわれていて、初代店主の奥様が広島県人のようです。そのお店ではヤキソバの他にウドンが選べます。薄い皮の上にたっぷりのキャベツとモヤシ、イカ天♪、ウドン♪、潰した目玉焼き、それにオタフクソース・・・というのがあたしのお気に入り。邪道ですが。


長文コメになり失礼しました。つい・・・^^;

投稿: さくらスイッチ | 2008年6月 2日 (月) 06時30分

>邪道ですが。

もともと<お好み>じゃけん、何でもあり、です。
ワタシラが学生のときは。。お好み焼きソバ(ウドン)が30円、ですよ。(関西とちがって、野菜だけ、なんてありません。あくまで、ソバ(うどん)が先なのです。だからソバ入り。。なんて変なのです)。わたしが好いていた店は。。出戻りのやせた美しい女性がやっていたので。。入り浸ってしもうたのです。。。

>著者がTVというメディアを使って調査出来るポジションにいた、。。

わたしこの本をだいぶ前に読んだのです(ブックオフで、100円です、いま)

方言・標準語ってのは、いま、二重になっていますね。わたしの弟はひろしまで、純広島弁を使っていますが、TVなどで耳にする標準語も理解します。これがマスコミの発達した今と、昔の違いでしょうね(NHKが言葉を変えた)。

>>著者がTVというメディアを使って調査出来るポジションにいた、。。

これは忘れていました(NHKがホンキ出して~今年は方言調査年ですぅ。。なんて馬力かければアッという間に調査できると思いますね。以前、NHKで方言番組やっていて、おもしろかった)。。わたしは関西に親戚がいますが、廣島人が関西に1ッ週間居着くとほぼ関西弁をしゃべり出します(親和性アリ。その逆は難しいと思います。つまり一方向)。カナイと親戚が名古屋、岐阜にいますが、あのキチャナイ言葉にはなじめません。マスコミの発達した今、いつまで、<方言>が保有されるの、でしょうか。生物とちがって方言保護運動、なんておこっていないようだし。

田舎の母のしゃべるコトバで意味の分からないのがあります。聞いてびっくり、のが。それを検索で調べたら、徳島とか、高知、とか、アット驚くところで使用されていますね。
(終わりませんのでこの辺で)。

投稿: 古井戸 | 2008年6月 2日 (月) 09時39分

★ふふふ♪ 30円のお好み焼きに出戻りの美人・・・、広島弁で語られるとバンカラな文学の風情さえ漂いますね。

方言と標準語の二重生活。 。。そう、そうなんですよね。

投稿: さくらスイッチ | 2008年6月 3日 (火) 06時21分

なんかわかりやすい絵ないかな?coldsweats02

投稿: 検索人 | 2013年11月16日 (土) 22時56分

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