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2008年5月12日 (月)

021『千年の祈り』 イーユン・リー 第一版2007年

なぜ彼女は中国語で書かずに英語で書くのだろうか

「中国語で書くときは自己検閲して」しまい「書けなかった」

だから英語という「新たに使える言語が見つかり、幸運だと思う」

20080511

○○○ 概要 ○○○

「たがいに会って話すには長い年月の深い祈りがあったのです。ここに私たちがたどりつくために」 ―離婚した娘を案じて中国からやってきた父。父娘のあいだに横たわる語られずにきた秘密と、人生の黄昏にある男女の濁りない情愛を描いた「千年の祈り」。ミス・カサブンランカと呼ばれる独身教師とその玉子売りの母を描いた「市場の約束」。代々宦官を宮廷に送りだしてきた町がそれと知らずに抱きつづけてきた欺瞞を描いた「不滅」。

中国の歴史の大きなうねりのなかで生きる人々の、ままならない歳月。その人生の細部のいあらわれる普遍的真実を、驚くべき技量で掬いとる。北京生まれの新鋭による、各章独占の鮮烈なデビュー短編集。

本書は2005年に刊行された『A Thousand Years of Good Prayers』の全訳。
 

○○○ 読むきっかけ&目的&感想 ○○○

共産主義の中国で生まれ育ち、資本主義のアメリカで生活している女性が、中国の物語を英語で記した本・・・・・、という事にまず興味を持った。そして、彼女にとって母国語ではない英語で書いたその小説が、第1回フランク・オコナー国際短編賞受賞、PEN/ヘミングウェイ賞、プッシュカート賞ほかを独占した、というのを知って驚いた。 。。。読んでみたい!   で、読んでみた。

さくら好み ★★★★★

それぞれの短編集から浮かび上がってくる想いは哀しみだ。それも、個人のものでありながら個人だけのものではない、つまり、時代と場所が個人にもたらす埋まらないギャップがもたらす哀しみ。 。。短編で悠久の歴史を感じられるもんなんだね・・・・・、短編で泣けるもんなんだね・・・・・、ビックリした。

視線の飛躍が面白かった。すごく近視眼的な心象を描いているかと思うと、突然、俯瞰した心象が描かれる。直接的あるいは間接的表現で、自国内の見方と自国外からの見方を対比させ、情景を立体的に仕上げている。それらのバランスが絶妙なんだよね。文章を読み進める間に味わえる、脳内視野の開ける感覚が気持ち良かった。


○○○ 著者 ○○○

20080511_1_2 イーユン・リーは1972年、北京で生まれた。父親は核開発の研究者で、母親は教師。作品にも出てくるように、核開発研究所の施設の中で育った。1972年といえば文化大革命の最中で、当時の知識人はしばしば迫害を受けていたが、核開発は政府の重要事項であったため父親はそれを免れていた。とはいえ貧しい生活を強いられていたらしいが、その一方で研究者である父親はよく海外出張に出かけ、パリなどの話を娘に聞かせていたという。

また一緒に暮らしていた祖父は、かつて国民党軍の兵士として闘った経験があり、共産党に批判的だった。その事実を家族は世間に隠さなくてはならなかったが、こうした家庭環境によって、政府に対する批判精神がごく早い時期から養われたようだ。そして十歳ころには、教育こそが抑圧から逃げ出せる道だと悟り、いつかアメリカの学校に行こうと考えていた。

北京大学卒業後、96年渡米。アイオワ大学大学院で免疫学修士号取得ののち、同大学創作科修士号取得。

2004年「不滅」でプリンプトン新人賞、プッシュカート賞受賞。05年、デビュー短編集『千年の祈り』を刊行。フランク・オコナー国際短編賞、PEN/ヘミングウェイ賞、ガーディアン新人賞、『ニューヨークタイムズ・ブックレビュー』エディターズ・チョイス賞、ホワイティング賞を受賞。07年『グランタ』が「もっとも有望な若手アメリカ作家」の一人に選出。

現在ミルズ・カレッジ文学部創作科助教授。カリフォルニア州オークランドに夫と息子二人とともに暮らしている。
 

○○○ 覚書 ○○○

しかし若者の顔に見とれている間に、時は忍び足で歩を進めていた。時代はいまやソニーとパナソニックであり、プロテクター&ギャンブルであり、ジョンソン&ジョンソンだ。輸入した外国映画では、道で男女が自由に手をつないだり、おそれを知らぬ目で堂々とキスまでしている。わたしたちは気づく。言い聞かされてきたほどこの生活は幸福ではないのだと。資本主義の国の人たちは、わたしたちが解放者となるのを待ち望んでなどいない。わたしたちの愛を、彼らは知りもしない。 <「不滅」より抜粋>

マクファーソンは短編の名手として知られるアフリカ系アメリカ人作家で、日本で教鞭をとったこともある人だ。彼は学生たちにこう言った。アメリカでは個人を重視するあまり共同体の声を失ってしまったが、その声は日本などアジアの小説には存在する。その言葉を聞いて、リーは何かをつかんだ。 <「訳者あとがき」より抜粋>

主語を「わたしたち」と明記して語る小説なんて、あたしは初めて読んだ。で、「複数形の一人称」が語る共産圏の時代感覚を、あたしは当事者として疑似体験した。ものすごく不思議な力がある短編だった。中国にもアメリカにもアイデンティティのある人間だからこそ語れる物語だと思った。

この『不滅』が一番ココロに響いたわけじゃないけど一番印象に残った。




20080510

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