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2008年5月19日 (月)

025『<食>で読むイギリス小説』 安達まみ/中川僚子・編著 初版2004年

<イギリスの小説>と<食>という二つを結べば、「イギリスの料理はまずい」というひと昔前の通俗イメージを想起させてしまうかもしれない。しかし、ひと口にイギリスの食といっても、その内容は多種多様である。

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・・・・・ 概要 ・・・・・

人間にとって、食べるとは何か? 本書はイギリス小説に描かれた<食>を手がかりとして、イギリスの文化・歴史の理解に迫る一方で、具体的な食の風景の描写を通じて、登場人物たちの人間像をより深く読み取ることを目指した。華やかなディナー、ささやかなお茶の時間、美しい食器たち・・・・・。食というきわめて日常的な営みの持つ意味の奥行きを多種多様な視点から考察する。

・・・・・ 読むきっかけ&目的&感想 ・・・・・

物語の中に登場する“食”があたしは大好きだ。それは小説の中に限らず、映画、音楽、絵画、写真、アニメ、TVドラマ・・・・・色々な媒体に登場する。自分が食べれる分けでもないのに、現実の食と同じくらい、時にはそれ以上に心を惹かれる場合もある。そんなあたしに持って来いの本だと思ったので借りてみた。

さくら好み ★★★☆☆

14のテーマを、14人の著者が書き上げていた。あたしが面白かったのが「1 ティー・テーブルの快楽 ―茶の英文学史事始」、「3 ディナーは何時にとるべきか ―食事の時間と階級意識」、「4 小説にみる十九世紀<食>の風景 ―作る人、食べる人、食べない人」、「6 チャールズ・ラムと子豚」、「13 農村の文学にみる<食>の諸相」、「14 晩餐をめぐる欲望のかたち」の6編だ。食から見える「生活の歴史」って面白い!

・・・・・ 覚書 ・・・・・

食は人となり

「小説」と「食」はある民族の民族性や文化を知ろうとする時、きわめて重要な手掛かりを与えてくれる。食はどの民族にも共通する、人間にとって最も基本的な営みであり、食の確保や享受を中心として人間の集団が生まれ、維持されてきた。したがって食をどう描くかという一点に、ある作家の、また一国の文学の特質がもっともよく現れると言っても過言ではない。フランスのブリア・サヴァランも言うとおり、「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人であるかを言いあててみせよう」

イギリスにおける茶史

イギリスに初めてコーヒーハウスができるのは一六五〇年。新大陸からのココア、アラビアからのコーヒーと並んで、中国や日本の茶はコーヒーハウスのメニューに含まれていた。一六六〇年代からはコーヒーハウスで出される茶にも税金がかけられるようになり、それだけ消費が伸びていたことがわかる。

一八世紀に入って茶は流行の飲み物となり、世紀半ばにはかなり普及して貧しい層にまで広がり始めた。一八世紀末には「不可欠の贅沢品、というよりは絶対欠くことのできない生活必需品」となっていた。

一九世紀にはアフタヌーン・ティーの習慣も生まれ、喫茶はイギリス独自の伝統、あるいはイギリスの生活文化を代表するものとして認められるようになる。イギリス人は世界各地の植民地へ本国の習慣を携えていったので、茶はこの時代に「東洋の飲み物」から「世界の飲み物」になった。

一九世紀の茶史で重要な事件としては、中国とのアヘン戦争(1840-42)と植民地インドおよびスリランカでの茶の生産開始がある。イギリスは中国からインドへの茶の移植の努力を続けていたか、インドに自生していたアッサム種の発見により、茶園の開発にも成功した。そして一九世紀の後半になるとインド、スリランカ産の茶が市場に占める割合は急速に大きくなってゆく。これまで茶といえば中国茶か日本茶で、大別すると二種類、緑茶(不発酵茶)かボヒーと呼ばれる発酵茶だった。それに対して、インド、スリランカの茶が中心になり、ボヒーを受け継いだ完全発酵のブラック(紅茶)が主流となった。

キュウリのサンドウィッチ♪

「お茶の時間を設けたこと」は、たしかに一九世紀から二〇世紀にかけてイギリス人の生活を変える大きな事件であり、この時代の小説にも繰り返し描かれてきた。ここでいう「お茶の時間」は、午後四時か五時頃のお茶を中心とした食事の時間をさしている。「ティー」という単語で食事時間をさすことは、例えばオースティンの小説にもよく見られる。

この場面ではしたがって「キュウリのサンドウィッチ」という言葉が何度も繰り返されるが、なぜ「キュウリ」なのか。それはサンドウィッチの中でも特に「キュウリのサンドウィッチ」が、このようなイギリス上流階級の午後のお茶の場面を描写する際に欠かせない小道具だからである。イギリスといえば「アフタヌーン・ティー」が連想されるほど、よく知られている習慣だが、じっさいに定着したのは一八世紀後半から一九世紀のはじめにかけてだと言われている。当時、上流階級ではディナーの時間が遅いことが、洗練の証拠であった。昼食とディナーの間が長くなると、途中でなにか軽食をとる必要がでてくる。しっかりした食事ではディナーにさしつかえるので、薄く切ったパンに野菜、特にキュウリをはさんだサンドウィッチが適当だということで、午後五時にお茶とキュウリのサンドウィッチをだす習慣が、上流階級から始まったのである。

食事時間からみえる社会的地位!?

イギリスの場合は、先に述べたように、昼食や夕食を何時頃にとるかということも、その人間の社会的地位や階級を示す要素ともなるのである。

ジェントリー(現代ならアッパー・ミドル・クラス)
起床 運動や仕事 → 朝10時頃朝食 1時間くらいかけてとる → 女性は訪問、買い物といった用事をすませる → 午後3時か4時ディナー 2時間くらいかけてゆっくりとる *朝食からディナーの時間までを「午前中(モーニング)」と呼んだ *イギリスは冬だと午後4時頃には日が落ちる → トランプ、歌、楽器の演奏など娯楽の時間 → 夜8時くらいにお茶とお菓子や軽食 *舞踏会などの催しがあって就寝時間が遅くなる場合、11時くらいに葡萄酒や軽食からなるサパーをとることもあった

洗練された上流階級、そしてそれを模倣する人々の間でディナーの時間が遅くなると、当然、朝食とディナーの間に何か食事をとる必要がでてくる。略。このような軽食は19世紀の半ばには昼食(ランチョン)という、食堂に座ってとる、一つの食事のかたちをとるようになった。これはディナーが遅くなった上流階級の家の女性たちから始まった習慣であった。

<19世紀半ばの上流階級>
朝食 → 昼食(ランチョン) → 午後5時頃 「アフタヌーンティー」 軽い食事(野菜のみを使ったサンドウィッチや菓子)とお茶 → 夜8時 ディナー 

<19世紀の労働者階級>
朝食 → 簡単な昼食 → 仕事が終わった夕方 「ティー」(ハイ・ティー) お茶とともにたっぷりとした食事

きちんと食事をかねたティーは、上流階級やアッパー・ミドル・クラスの家庭でも、大人と一緒にディナーをとるには幼すぎる子供たちの夕食のかわりとして導入され、かれらが「アフタヌーン・ティー」と区別するために「ハイ・ティー」という呼び名を使うようになったと言われている。

『ビートン夫人の家政読本』(1861年)

売れ行きもよく版も重ねた『ビートン夫人の家政読本』は、ほとんどをレシピが占めている。しかし、その程度当時の主婦が料理をしたかは定かでない。主婦がこのレシピをもとに台所に指示を出すマニュアルとも考えられる。20080518_1

「リフォーム・クラブ風」

ロンドンで名高い食事の場所にリフォーム・クラブがあった。選挙法をリフォームすることを目指す人々がクラブを結成し、そして1837年、新しいクラブ・ハウスを建設するにあたり、フランスから亡命していた高名シェフを初代料理長に雇い居れた。アレクシス・ソワイユである。ソワイユは広い厨房を設計することから事を始め、最新のガス熱源を備えさせ、「リフォーム風」と銘打った数々の新作料理を生み出した。厨房を率いて料理をし、食堂へお客様を訪ね会話をし、歌を歌って喜ばせ、客に対する良き友となった。20080518_2

ソワイユは、時代の食の貧富格差の両端に関わっていた。40年代の飢饉に際し、ロンドンやダブリンに、スープを施すスープ・キチンが設けられたが、そこでふるまわれるスープのレシピは、ソワイユによるものだった。

「異国の料理を食べられるということ」

このように、食材に関しても、ロウアー・ミドル・クラスや労働階級の人々は、異国のものを受け入れようとせず、食べ物に関して保守的であるというイメージが強かった。ということは逆に、得体の知れない異国の料理を食べられるということは、その人物の経験と洗練度を示す指標となり、あらたなステータス・シンボルとなる。分かりやすい例に、スシの普及がある。1970年代には、「日本人は魚を生のまま、まるかじりする」と誤解され、ゲテモノのように思われていたスシが、今ではそれを食べることができるかによって、その人の洗練度が試される料理になっている。

中流階級以上の主婦は台所仕事をしない

中流階級である証は使用人を雇えるかどうかにかかっていた。使用人には台所での重労働が真っ先にゆだねられる。料理人=コックは通常女性の仕事であった。自分が「使用人を置かず家事をとりしきるから」「礼儀をわきまえずに接する」対象にされるのだと悔しがったのが、『シャーリー』(1849)第一章に登場するゲール夫人であった。家事をすれば、主婦の地位は下がったのだ。家庭にいる婦人は可能なかぎり台所仕事をしない。

「行政能力や外交能力」 「選別と排除」

食物を用いて何らかの権力を表現することは、ヨーロッパ文化の中では古くから行われてきたことだが、正餐会という形式を通して「行政能力や外交能力」を示すようになったのは14世紀から16世紀のことであったとされている。イギリスでも、16世紀初めにはすでに儀式的な正餐の詳細な決まりを書き記した書物が出版されている。その後フランスでは宮廷料理を中心に正餐が発展していったのに対し、イギリスではカントリー・ジェントリーを軸に、独特な「家庭的な」食のありかたが成立していった。

19世紀になると、晩餐会はイギリス人の生活の中で最も重要な社交行事の一つになっていった。略。食卓をどのように演出するか、それを用意させるだけの才覚・財力があるか、手際よく料理を運ばせ、粗相のないように召使を管理・教育できるか、望ましい客を選別し招きよせることができるかなど、晩餐を賭通して見せることのできる能力は数多い。モンタナリーが言うように、宴会は時代とともに次第に「選別と排除の場」になっていくのである。

・・・・・ 著者 ・・・・・

滝口明子 1957年生まれ 東京外語大学講師

平井杏子 1946年生まれ 昭和女子大学短期大学部教授

新井潤美 1961年生まれ 中央大学法学部教授

岩田託子 1958年生まれ 中京大学国際英語学部教授

中川僚子 1957年生まれ 大東文化大学経済学部教授

南條竹則 1958年生まれ 作家

鈴木美津子 1948年生まれ 東北大学大学院国際文化研究科教授

宇田和子 1951年生まれ 埼玉大学教育学部教授

松村豊子 1952年生まれ 江戸川大学社会学部助教授

安達まみ 1956年生まれ 聖心女子大学文学部助教授

扶瀬幹生 1960年生まれ 聖心女子大学文学部助教授

山田麻里 1971年生まれ 明治大学講師

藤田由季美 1967年生まれ 大東文化大学講師

村越麻子 1956年生まれ 津田塾大学講師

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<衣装>で読むイギリス小説』 久守和子/窪田憲子・編著 初版2004年
<インテリア>で読むイギリス小説』 久守和子/中川僚子・編著 初版2003年

20080510

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