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2008年4月13日 (日)

009『ゲーテ全集 14 自然科学論』 新装第一版2003年

挫折 ・・・読みきれなかった (´ロ`)

20080410

あのゲーテが自然科学論を展開している?! ゲーテって自然科学者でもあったの??? 一流文系人間がどういう理系の視線を持っているかに興味があって読んでみた・・・・・いや、読むつもりだった。

< さくら好み ☆☆☆☆ 
 
 

自然が対象ではあるものの、時代的に宗教や哲学のような思索的見解が主だった、と感じた。それらからも科学の発展過渡期にあることが伺われ、それを楽しむ つもりで読めば面白いのだろうけど、あたしにとっては、イマイチ肩透かしを喰らった感が否めなかった。あたしの無知からくるガッカリなんだけどね。^^;

以下のトコロが面白かった。以前読んだ本『眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く』にあった遺伝子研究が進んだ現代だからこその学説、アンドリュー・パーカーの“光スイッチ説(1998年)”を連想したからだ。もちろん、その背景にあるものは似て非なるものだけどね。

ゲーテ 色彩論(1810年) 序論より
眼が存在するのは光のおかげである。未決定の動物的補助器官から、光は光と同じようなものとなるべき一つの器官を呼び起こし、こうして眼は光にもとづいて光のために形成される。それは内なる光が外なる光に向かって現われ出るためである。

 
 
 
*****

Goethe ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe, 1749年8月28日 - 1832年3月22日)はドイツの詩人、劇作家、小説家、科学者、哲学者、政治家。特に文学において優れた作品を多く残し、シュトゥルム・ウント・ドラングとヴァイマル古典主義を代表する作家の一人となった。

科学者としては人体解剖学・化学・地質学・植物学・光学(『色彩論』)についての著作および研究がある。ゲーテの植物学や色彩論は形而上学的思弁と密接に関わり、これを自然哲学とみなす論者もある。 wikiより

色彩論は、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテが1810年に出した著書。

ゲーテの色彩論は、約二十年の歳月をかけて執筆された大著であり、ゲーテはこの著作が後世においてどのように評価されるかにヨーロッパの未来がかかっていると感じていた。そこまでゲーテが危機感を感じていた相手とは、近代科学の機械論的世界観である。色彩論においてはニュートンがその代表者として敵対視されている。ニュートンの光学では、光は屈折率の違いによって七つの色光に分解され、これらの色光が人間の感覚中枢の中で色彩として感覚されるとしている。ゲーテは、色彩が屈折率という数量的な性質に還元されて理解されることが不満だった。

ゲーテの色彩論がニュートンの光学と根本的に異なる点として、色の生成に光と闇を持ち出しているということがある。ニュートンの光学はあくまで光を研究する。闇とは単なる光の欠如であり、研究の対象になることもない。だがゲーテにとって闇は、光と共に色彩現象の両極をになう重要な要素である。もしもこの世界に光だけしかなかったら、色彩は成立しないという。もちろん闇だけでも成立しない。光と闇の中間にあって、この両極が作用し合う「くもり」の中で色彩は成立するとゲーテは論述している。 wikiより
 
 
 

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