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2008年4月 4日 (金)

007『あなたのTシャツはどこから来たのか?』 ピエトラ・リボリ 第一版2007年

原綿から始まり古着になるまで
わたしのTシャツにかかわる政治と市場経済において
日本が担った役割は
この物語にとって欠かせない重要性を持つと言えよう

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「底辺への競争」の弊害を憂いていた若い女子学生> 再び一九九九年のジョージタウン大学に戻ろう。一人の若い女性がマイクを手に取ると、群衆に向かって問いかけた。「あなたのTシャツは誰が作ったものですか。食べ物も飲み物も与えられずにミシンにつながれたベトナムの子供でしょうか。時給一八セントしかもらえず、一日に二度しかトイレに行かせてもらえないインドの若い女性でしょうか。皆さん知ってますか。 略」。わたしはこれらのことを知らなかった。そして不思議に思った。マイクを持つあの女子学生は、なぜ知っていたのだろうか。

‘TBSラジオストリーム・コラムの花道’で豊﨑シャチョーが、昨年(2007年)の春頃(だったかな?)に紹介しているのを聞いて、読んでみたいと思っていた本。一年後にして読んでみた(笑)。

< さくら好み ★★★☆  

以下、ネタバレあり。(序文、本文、あとがきより抜粋)

グローバル経済の話なんだけど、概念だけではなく、Tシャツというとても身近なモノの一生を題材にしているため、とても面白く読むことが出来た。いたるトコロで日本が登場するのも、興味を惹いた大きな理由だと思う。 

リボリ氏は自ら持参したTシャツを広げながら、原料である綿の生産現場(アメリカのテキサス)、繊維工場(中国の上海)、小売店(アメリカのフロリダ)、そして古着の回収と流通(アメリカのマンハッタンから日本・タンザニアへ)と、本書で語られているTシャツの一生 を熱く語った。そして、Tシャツの一生の大半は、市場競争にさらされているのではなく、市場競争を回避しようとする政治力に翻弄されていること、Tシャツ が本当に意味で市場原理や自由貿易に出会うのは、古着となってフリーマーケットに送られてからであること。グローバリゼーションで勝ち組になるためには経 済力だけでは不十分で、国際社会を相手にするだけの政治力が必要であることを力説した。 <訳者あとがきより抜粋>

この物語がもう一つ明らかにしているのは、グローバル化の推進派と反対派とが、人々の境遇の改善において知らず知らずのうちに「共謀者」となっていることである。かつて経済学者のカール・ポランニーは、今日の論争を髣髴させる「二重運動論」という有名な概念を表した。つまり、市場の概念に対しては、市場から保護されたいという社会需要が作用するというもので、ポランニーは相反する両者の調和には悲観的であった。これに対し、ピーター・ドハティーが巧みに論じているように、経済は「大規模な文明化事業の一部」であり、市場というものが健全に機能し続けていくためにはさまざまな形でのバックラッシュが必要だという考え方が、後に誕生した。

わたしのTシャツの物語はドハティーたちの側に一票を投じるものだ。世界各地で綿を育て、あるいはTシャツを縫っている貧しい人々に、市場もバックラッシュ勢力も、単独では大した希望を与えることができない。しかし両者の意図せざる共謀の先には、光明が差しているといえよう。自由貿易懐疑派には企業が必要であり、企業には自由貿易会議派が必要である。何より、アジアの搾取工場労働者やアフリカの綿農家は、その両方を必要としている。 <著者序文より抜粋>

*覚書 <日本語版に寄せて ピエトラ・リボリ 2006年6月>

・ 原著は2005年春に発行

・ 1970年代~多国籍間繊維取極(MFA) 中国から欧米への輸出制限 → 2005年1月1日廃止 → 欧州は改めて中国に数量制限 「欧州ブラジャー戦争」 / 米国でも中国に対する輸入制限は三年間延長 対外的には自由貿易を説きながら!

・ 2005年末 世界貿易機関(WTO) → 先進国(富裕国)vs後進国(貧困国) 米 綿 トウモロコシ / 先進国vs先進国 医薬品 ソフトウェア 航空機

・ 日本は繊維貿易を踏み台にして工業化 → 日本の繊維生産設備 第二次世界大戦で全滅 → 日本が有力な輸出先だった米国の綿農家もショック → 日本の繊維産業建て直しの資金を米国政府から → 日本の生産能は短期で回復 → 米国の綿農家は喜ぶ / 米国の繊維業者は不満 → 安価な日本製品 → 「輸出自主規制」

・ 外交政策と経済政策の複雑な相互作用 

- 9.11 テロとの戦い → 米国の同盟国 軍事協力の見返りとして米国アパレル市場へのアクセス改善を求める(実らず)

- 日米間 沖縄返還交渉と繊維交渉 → 日米繊維紛争 → 沖縄と繊維割り当てを交換(秘密裏) 
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*グラフ   一目瞭然?!

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*米国の繊維産業、スゲー!

同時多発テロ後には、一般市民の知らないところで、Tシャツ販売と軍事支援をセットにした奇妙な交渉がブッシュ政権とパキスタンとの間で行われ、米国の繊維産業が持ち続ける権力の強さを見せつけた。

*グローバル経済で勝者と敗者になった要因

米国では農場が機能している。市場が機能している。政府が、科学技術が、大学が機能している。しかもそのすべてが、最貧国では向こう数十年は望めないような好循環を生み出している。米国の補助助金があろうとなかろうと、西アフリカの大部分の国においては、国際競争力に必要な制度基盤が脆弱だ。しかも、多くの貧困国における現状の制度基準は、資金や権力を農民に注ぎ込むのではなく、逆に吸い上げるように機能している。

*奴隷制が廃止され、その代替策である(黒人)小作制度・・・

ワタミゾウムシについてこのように付け足している。「そう、この世の災いは白人だけじゃない。」

*第二次世界大戦で、軍隊に流出した労働力を補ったのがメキシコ人・・・

プロセラ計画 : メキシコ人労働者が農業に従事するために米国に短期入国することを可能にした。

*中国って・・・・・イヤダ。 。。。

中国の戸籍制度: 一九五〇年代に始まり、大部分の国民には農村戸籍が与えられた。農村戸籍を持つ国民は村にいて一定量の食料を生産しなければならず、都会を訪れることさえも原則禁止された。八〇年代後半になって戸籍制度を緩め始め、田舎の農村人口を沿岸部の工場に注ぎ込んだ。だが、労働力として都市に行くことは出来ても、家族はおろか自分自身もそこに住むことは許されていない。中国の戸籍制度は南アフリカのアパルトヘイトに似ている。 。。。

*複雑だなぁ・・・

衣料品産業は市場競争に対応することよりも、むしろ貿易障壁に適応することによって国際化してきたのだ。

*隔絶してる視点

経済学者は物事を国単位あるいはグローバルな視野でとらえるが、一般国民の多くは身近な地域単位で考える。

*ものごとをどう見るか? 現地の人はどう捉えているか?

ミトゥンバ貿易: 古着の輸入 (「今はもうミトゥンバがあるからね」)

*メディアの視野

メディアの報道ぶりも、古着貿易というとなぜか「謎に包まれたXX」という表現が不思議な魅力を持つようである。しかしわたしは、この業界の人々とともに時間を過ごしてみて、メディアがいうところの「謎に包まれた」古着ビジネスよりも、むしろメディアの極めて独断的なものの見方のほうが、よほど興味深い現象なのではないかと思う。わたしが出会った古着業者たちは、略 「謎めいた」ことなど何もなかった。

*ちょっと笑っちゃった ^^

これほど抜本的な改革にもかかわらず、タンザニアの田舎町の暮らしぶりはほとんど変わらなかったのだ。シュンガ村の人々を支配しているのは、ワシントン主導の体制でも、ついでに言えばタンザニアの政治体制でもなく、相変わらず大地のリズムだからだ。

*人間心理だねぇ、でも、なんか・・・・・

適者のみが生き残ることができるダーウィンの進化論の世界から、どうにかして逃れたいと考えることほど自然なことがあろうか?

*貿易と平和

米国国務長官だったコーデル・ハル 「貿易は平和のための手段であると考えるようになった」 「通商問題というのは戦争や平和の概念と切り離すことのできないものだ、とわたしは考えた。世界のどこにおいても、深刻な戦争が世界のどこかで起きている状態で、以前と変わらず貿易が続くことはあり得ない、と。」

Tシャツに関しては、確かにそうだよね。でも逆に、深刻な戦争が起きている時にしか、武器輸出は出来ないよね。アメリカってそれで儲けてるんじゃないのぉ~。

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わがジョージタウン大学の階段で「底辺への競争」の弊害を憂いていたあの若い女子学生に、わたしは何を語ろうか。

いつの時代にも市場と貿易によって若い女性たちが搾取工場に縛り付けられたが、彼女たちはむしろ自由になったということ、そして、農民は農村にいることこそ一番だと決めつける前に、もう一度よく考えた方がいいと。貧困に見舞われている人々の苦しみは、市場のもつ危険によるのではなく、むしろ政治から疎外されてしまっていることから来るのだ、と語ろう。

貧者を市場から守ることではなく、貧者を政治の中に組み込んでいくことに力を注ぐべきだ、と言おう。

 
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20080403_1_2 ピエトラ・リボリ : 米東部名門校ジョージタウン大学マクドナウ・ビジネススクールの教授として、1983年より同大学の学部生、大学院生、企業エグゼクティブなどを対象に金融および国際経済を教えている。中国を含む国際ビジネスにおけるビジネス倫理や社会公正問題が専門。米フロリダ大学において金融よ国際経済の博士号を取得。

フィナンシャルタイムズ紙とゴールドマン・サックス社が共催した第1回年間優良ビジネス書の最終選考5冊にエントリーされたほか、2005年の最優秀ビジネス書として多くの賞に選ばれた。

現在(2007年)、本書は11カ国語に翻訳されている。

雨宮 寛 : コーポレートシチズンシップ代表取締役。コロンビア大学ビジネススクール経営学修士およびハーバード大学ケネディ行政大学院行政学修士。

今宮 章子 : コーポレートシチズンシップ取締役。ハーバード大学ケネディ行政大学院行政学修士。



20080330

 


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