« オープン | トップページ | 002『月に響く笛 耐震偽装』 藤田東吾 初版2006年 »

2008年3月11日 (火)

001『星の民俗学』 野尻抱影 新装第一版1978年

星空を見上げる楽しみを教えてくれる

20080308b

古の人が星空を見上げて考えた事、違う土地の人、違う国の人が星空を見上げて考えた事が書かれていて、面白かった。今、あたしが見上げている星空を、過去の人たちも、未来の人たちも、違う場所に住んでいる人たちも、皆が見てるんだなぁ・・・、なぁんて想いを馳せる浪漫を教えてくれる。

< さくら好み ★★★★★ > 

◆昭和27年(1952年)にかかれた野尻抱影の “はしがき”

冒頭に、“地球儀を回しながら、東京を貫く緯度の線に沿って指先をすべらしてみる。―中略― これははなはだ平凡なことだが、私は地球が自転するにつれ、それらの土地土地で毎夜送迎すると同じ星空を、東京の空にも次ぎ次ぎと送迎していることを思っ て、何か微妙なものを感じるのである。”という文章がある。あたしは、真似しちゃいましたよ、早速。

これが世界地図じゃなくて地球儀ってのがイイ、とあたしは感じた。宇宙に浮かんだ地球が自転していて、その地球から星空を見上げている人たちを、地球儀のほうがリアルに想像できるからだ。

 
◆「いよいよ夏が来たな」と感じる星 “蠍座の赤星”

どの星についての逸話も面白かったんだけど、夏を感じる‘赤い星’と冬を感じる‘青い星’の話は、近所の公園の木々・草花、デパートのショーウィンドウのマネキンが着替える事で季節を感じている様なあたしには、とても粋で風流な話に感じた。

あたしが見上げる空は、街の灯りで白くなっているけど、星もそれなりに見える。この話の冒頭にあるように、“毎年梅雨が明けたある夜、東南の空から 噴き上げた火花のような蠍座の星の列に、主星アンタレースの真紅の光を見出す時ほど、「いよいよ夏が来たな」と思うことはない。”なんて、あたしも思って みたい。
 
 
◆三対あるミツボシ “星の追いかけ伝説”

“一年の空を通じて、三つの輝度がほぼ同じ間隔で一文字を描いているものが三対ある。すなわち、冬のオリオンのミツボシと、夏の蠍座のアンタレース (和名アカボシ)を中心とする三星と、同じく鷲座のアルタイル(和名ヒコボシ)を中心とする三星である。中国では、それぞれ参宿(サンシュク)三星、心宿 (シンシュク)三星、河鼓(カコ)三星である。”

無秩序に見える星空に三つの星が同じ間隔で並ぶ姿は、何か特別な存在に思えてしまう。特にオリオン座は冬の澄んだ空に目立つので、良く見上げてはうっとりしてしまう。
 
 
◆この挿絵、とっても綺麗♪ カシオペア座の “女王の椅子”

20080310_7_2

 
 
◆聞こえない音楽を聞く浪漫 “星の音楽”

古の人が大真面目に考えていた“星の音楽”・・・・・、星に音階を割り振ってみたり、ラジオで星の音を聞こうとするラジオ天文学なんてものまであったなんて・・・、とっても素敵!

小林一茶(1763年 - 1828年、江戸時代の俳人)

ピタゴラス(紀元前582年 - 紀元前496年、古代ギリシアの数学者・哲学者)

プラトン(紀元前427年 - 紀元前347年、古代ギリシアの哲学者)

エウリピデス(紀元前480年頃 - 紀元前406年頃、古代アテナイの三大悲劇詩人)

キケロ( 紀元前106年1月3日 - 紀元前43年12月7日、古代ローマの政治家、文筆家、哲学者)

ケプラー(1571年 - 1630年、ドイツの天文学者)

ニコラ・カミーユ・フラマリオン(フランマリオンとも。 1842年 - 1925年、フランスの天文学者、天文普及家、作家) 
 
 
 
◆多くの少年が夢中になったノジリホウエイ “解説”

この本では無いけど、日本の名随筆集『珈琲』で淀川長治が書いた「喫茶店のこと」の中に次の一文がある。“まだ世間ではそのキッチャテンも‘みどり ’とか‘みずいろ’とかいうぐあいであった。その姉が店名を私に相談にきたときは私は中学の二年ごろだった。そのころ少年の私はノジリホウエイの星の小説 に少年ゆえか溺れていたので、「オリオン」がいいと姉にいったところ、たちまち気に入って神戸の映画街のちかくにこの店をひらくことにした。昭和元年ごろ だった。”

最初に読んだ時は野尻抱影を知らなかったので何気に読み過ごしてしまったけど、ノジリホウエイが野尻抱影だという事を知った時は、なんだか嬉しかった(笑)。

『星の民俗学』解説の冒頭に、“大正十年頃といえば、もはや六十年近い以前のことになる。わたしの町の秋祭りに出ていた古本屋の屋台で、ふと手にし た古雑誌に、『中学生』というのがあった。中学へ入学した時のことであったので、『中学生』という文字がわたしをひきつけたのかもしれない。この雑誌の中 に、病室の窓を通して見える星座の話が、スケッチ風の星座図とともに載っていた。筆者は野尻抱影となっていた。”とある。

映画評論家・淀川長治が中学二年だった昭和元年は1926年、解説を書いた東大名誉教授・広瀬秀雄が中学へ入学した大正十年は1922年だ。この頃、この2人と同じように、野尻抱影に影響を受けた少年は、沢山いたんだろうなぁ、なんて想像出来て楽しい。

野尻抱影の文が、この本のように再刊、再版を重ねるのは、それだけ魅力があるからだと思った。あたしはこの本が初だけど、沢山出ている彼の本を続けて読んでみたい。

 

 
 
 
 
 
Book_20080308_2

|

« オープン | トップページ | 002『月に響く笛 耐震偽装』 藤田東吾 初版2006年 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« オープン | トップページ | 002『月に響く笛 耐震偽装』 藤田東吾 初版2006年 »